起業家に必要な3つのクリエイティブ・スキル


起業家に必要な3つのクリエイティブ・スキル

旧経済から新しい経済軌道への転換の推進者

 クリエイティブというと、一般的には感性に基づく活動、もしくは感性に訴えかける活動を指し示していることが多いのではないでしょうか?


しかしながら、本稿はそのような意味合いでのクリエイティビティについての説明を試みようとするものではありません。


なぜなら、それらは経済発展の機構としての起業家に求められる機能の本質とは異なり、企業経営という側面からだけでは説明できない要素だからです。ですから、起業家の感性面でのクリエイティビティについての考察は他に譲り(つまり、熱意や忍耐といった精神論を可能な限り避けて)、本稿においては、より実務的な側面から、起業家が経済発展の実現のために要求される実務的なクリエイティブ・スキル(創造力)について説明します。



 起業家(企業家、企業者、アントレプレナー)は資本と生産力とを新たに結びつける、経済発展の実現に欠かすことのできない重要なひとつの機構です。いわゆる経営管理者とも異なります。経済発展の一機構としての起業家には、ほかの経済主体では代替のきかない機能があります。その機能がゆえに起業家は一般的な経営管理者とは区別され、特別な役割を担うこととなるのです。起業家が担う特別な役割とは、現状の打破であり、既存の慣性的軌道から新たな軌道への転換です。


 そして、経済発展の機構としての起業家は、個人の職種や役職、肩書きとも一切関係がありません。ベンチャー企業の創業者の場合もあれば、大企業の事業責任者の場合もあり、非営利団体のマネジャーの場合もあれば、病院の医師であることもあるかもしれません。つまり、単純に一企業の創立者、創業者=起業家ということではなく、あくまで起業家とは変革の担い手であり、旧経済から新しい経済軌道への転換の推進者のことをそのように呼ぶということを理解する必要があります。


 本稿では、旧経済から新しい経済軌道への転換に欠かすことのできない起業家独自の特殊な機能を獲得するために必要な3つのクリエイティブ・スキルについて説明します。



起業家に必要な3つのクリエイティブ・スキル




価値創造のスキル



 まず、起業家に求められていることは価値を生み出すことであって、

最先端のテクノロジーを発明することでも、精緻な業界分析に基づいた戦略によって競合他社を打ち負かすことでもないことを肝に銘じる必要があります。むしろ、技術への過信、競争への執着は、起業の阻害要因になることが多いことを念頭に置く必要があります。


 当然ながら、価値があるからこそ社会から必要とされます。価値がなく必要とされなければ、商品や組織はその存在理由を失います。


 では、起業家はどのようにして価値を生み出すことができるのでしょうか?


 そもそも、価値とは一体何なのでしょうか?

 起業家が生み出すことを求められている価値は2種類あります。ひとつは経済的価値であり、もう一方は倫理的価値です。



起業家が生み出すことを求められる価値



 経済的価値とは「顧客が得る効用」に対して支払われる「対価」であり、支払われる金額から見込費用を差し引いた「利潤」の総和が企業そのものの価値「企業価値」として集約されます。これらの経済的価値は、円環するように等価的な結びつきがあります。


 倫理的価値とは哲学分野においても多く語られる「物事の判断基準」であり、集団にまとまりを与えるために必要不可欠な要素です。



 起業家が創造すべき「経済的価値」、すなわち利潤を生み出す方法は理論上、実はかなり限られています。というのも、完全競争下においては(インターネットの世界的普及にともない現実社会も以前より、個別市場においては完全競争により近い環境になっているようにみえる)、通常の経済活動における利潤は、競争や生産の増加、経営の効率化によって均衡し、消滅してしまうからです。


 このことは、楽天、アマゾンなどのECを想像すると分かりやすいでしょう。例えば、あるECアパレルショップが特定ブランドのシャツを当初十分な利益を見込んだ価格設定で販売し、予想以上の販売実績をあげ十分な利益を得たとしましょう。しかし、おそらく数週間後には他の多くのECアパレルショップがこれに追随し、販売価格は下落します。最終的には原価と送料とその他の販売管理費をまかなう程度にまで価格は引き下げられることでしょう。


 このような完全競争下での経済活動であっても、大企業などの既存企業は生産設備への投資による効率化、ブランド力などの他社に対する優位性や参入障壁によって、ある程度の利潤を確保することができるかもしれませんが、今まさに新たな事業を起こそうとしている起業家にとってはそのようなやり方は望むべくもありません。既存企業と同じ方法では、新企業は事業の継続すらままならないでしょう。



 では、起業家は顧客が得る効用であり、利潤をどのように創造すれば良いのでしょうか?


 その答えこそ、イノベーション(新機軸、新結合の遂行)にあります。



 イノベーションについて最初に体系的に理論化した20世紀初頭の経済学者ヨーゼフ・シュンペーターによれば、起業家が経済発展を実現し利潤を獲得するためには(つまり「新結合の遂行」=イノベーションには)、次の5つの方法があるとしています。



1. 消費者にまだ知られていない商品・サービス、あるいは新しい品質を備えた商品・サービスを生産する


2. 新しい生産方法、すなわち業界において未知な生産方法を導入する


3. 新しい市場を開拓する


4. 原料あるいは半製品の新しい供給源を獲得する


5. 新しい組織を実現する、すなわち独占を形成あるいは独占を打破する。




 これら5つの新結合の遂行には、いままで見過ごされていた(認知されていない)顧客の欲求を満たすために、商品・サービスの新たな提供方法、あるいは生産設備や資源、労働力の新たな組み合わせを実現するという共通点があります。


新結合の遂行にあたっては、新企業はビジネスモデルを従来の既存企業とは異なる形で組み上げ、市場に新たなルールを持ち込むため、いわば擬似的な独占状態になります。既存企業が新企業に対抗または追随するにしても組織・ビジネスモデルの変更に時間を要し、前述の完全競争下における経済活動のように、瞬時に新企業の利潤が消滅してしまうことはありません。


この持続性のある利潤こそが起業家にとって目標となる利潤、「企業者利潤」です。


 起業家は経済的価値という側面においては、新結合の遂行によって顧客価値を創造し、瞬間的でなく持続性のある利潤を実現し、その総和としての企業価値を創造する必要があります。当然ながらこれらの経済的価値を生みだすことなしに、企業は事業を継続していくことはできません。



 起業家が創造する必要があるもうひとつの価値、「倫理的価値」はこの場合、企業のビジョン、ミッションよりも幅広い意味を持っています。それは「重要なことや優先すべきことを判断するための評価基準」、つまりその企業独自の「価値基準」だといえます。


 起業家が新たに起こす新企業は、従来とは異なるやり方で事業を推進していくため、いわば逆流の中を泳いでいくために、熱烈な思想性を組織内外で共有する必要があります。


組織内にあっては、新企業はいわば道なき道を進んでいくために、経営者、マネジメントチーム、従業員は皆、旧企業であれば慣習的に取り組んでいる業務であっても、次から次へと発生する新たな課題に対しての意思決定を要求されます。

その際にどのような価値基準で物事を考えるべきなのかを、起業家はあらかじめ設定しておく必要があります。


組織外にあっては、新企業が顧客に提案する価値が従来のものと比べ斬新なものであればあるほど、顧客は当初懐疑的になりがちです。それは、顧客は新しい価値を判断するための比較尺度がないために、混乱している、もしくは判断を保留しているからだといえるでしょう。価値基準が示されていない場合、提案された価値の存在に気づかないことすらあります。ときには、反発すら受けることも覚悟しておく必要があるでしょう。


 起業家はマネジメントチーム、従業員、顧客、あるいはステークホルダーに対して、明瞭に新たな価値基準を提示する必要があります。起業家は組織の内外に新たな価値基準を示し、集団に方向性を与えて導くことが求められているのです。



 これまで述べてきたように、起業家はまず第一に価値を創造する必要があります。それは新結合の遂行の結果としての「企業者利潤」であり、組織内外の円滑なコミュニケーションのための「価値基準」に代表されます。



 価値創造にあたって起業家の成果は「洞察」にかかっています。

それはつまり、事態を見通す能力だといえるでしょう。人々が行動の基準となる根本原則についてなんの成算ももちえない場合においてすら、またまさにそのような場合においてこそ、本質的なものを確実に把握し、非本質的なものをまったく除外するような仕方で事態を見通す能力が必要とされているのです。



<まとめ>


◆新結合を遂行し企業者利潤を生みだす


◆自社固有の価値基準を設定する





信用創造のスキル



 起業家に求められている第2のクリエイティブ・スキルは、信用創造のスキルです。


 信用創造は一般的には、銀行の機能として説明されることが多いですが、本稿では信用創造のもう一方の当事者である企業家(起業家)に焦点をあわせて考察を進めていきましょう。


 信用によって、起業家は計画の実行に必要なリソース(経営資源)の調達が、はじめて可能となります。


 そもそも起業家は、起業に際して一切の資本、生産手段を持ち合わせていません。仮に相続または不動産収入などによって資本を持ち合わせていたとしても、それは彼の資本家的側面なのであって、起業家の本質について説明を試みるのであれば、一切の資本を持ち合わせていないことを前提とする必要があります。生産手段についても同様に、仮に既に掌握している生産手段があったとしても、その生産手段はいま現在、旧経済に組み込まれ運用されているため、新企業で活用するとなれば、新たな活用方法のためにそれを新企業のために移動させてくる必要があります。つまり、新企業のためにあらかじめ活用可能な状態で待機している生産手段があるわけではないのです。


 起業家は、事業を新たに起こす際に、一切の資本、生産手段を持ち合わせていないとすれば、一体どのようにして新たな価値を世に送り出せばよいのでしょうか?


 商品・サービスをまずは家内制手工業的に生産し徐々に事業を大きくしていくのでしょうか?


否、例えそのように事業を立ち上げたとしてもいずれ事業の本格的な展開にあたっては追加の経営資源を必要とすることになります。周知の通り、売上が拡大する時期には現金が手元に入る前に追加で必要となる運転資金、設備資金が増加するため、キャッシュフローは一旦マイナスになります。


つまり、家内制手工業的な立ち上げでは、持ち合わせの資本がない場合、事業を拡大することはできないのです。利益剰余金を徐々に蓄積していくというやり方では、家族商店経営のような事業規模でしか成り立ちません。



 事業を商業化するためには、価値創造に必要な、つまり新結合の遂行に必要な、生産手段を旧経済から引き抜いてくる必要があります。


 生産手段とは、新たな価値を生み出す労働力、生産設備などの経営資源です。


 資本とは、起業家にとって新たな価値を生み出す生産手段の獲得のための「購買力」だといえます。


 起業家は、資本家(金融機関、投資家)に対して新たな信用の供与を促し、資本(借入金、資本金)を動員することで購買力を得て生産手段を獲得し(つまり新結合を遂行して)、生産手段を従来より生産性の高い新たな活用方法によって運用することによって経済発展を実現するのです。



従来の経済循環から、より大きな循環へと軌道変更する起業家機能



 起業家は信用供与を受けて事業資金を調達し購買力を得ます。しかも起業家は先に述べたようにあらかじめ十分な自己資金の準備があること、担保の材料となる資産等を所有していることは条件ではありません。生み出すであろう「将来価値」を評価し、それを見込んで必要な資金を調達します。それが「信用創造」です。


 信用創造に際して、新企業が将来生み出すであろう価値を資本家に明瞭に示すことが起業家には求められます。



<まとめ>


◆資本、借入によって購買力を得て、生産手段を獲得する


◆事業が生み出す将来価値を明瞭に示す





知識創造のスキル



 起業家に求められる第3のクリエイティブ・スキルは、知識創造のスキルです。


 先に述べた価値創造スキルはいわば「ビジネスモデルの構築に関するスキル」、信用創造スキルは「資源の調達に関するスキル」と言えます。

 知識創造スキルは「企業の持続的発展に関するスキル」です。あるいは「組織構築に関するスキル」だとも言えるでしょう。


 知識創造は、価値創造についての考察で述べた「新結合の遂行」に際しても、いわば接着剤としても重要な役割を果たします。単純に権利関係上だけで、ある経営資源と別の経営資源をとってつけたところで何ら新しい価値が生まれてくることがないことは自明でしょう。新しい価値を生みだすためにはお互いの活動を統合する要素が必要となります。経営資源または新しいプロセスをつなぎ合わせるときに、媒介となるのが「知」です。



 起業家は価値創造の実現のため、また価値創造の連続的なサイクルを生み出すため、あるいは次から次へと現れる新興サービスや競合、予想外の突発的市場の変化に対応するために、起業家自身のインスピレーションによる初期衝動的な知のみならず組織的に知識を増幅していく相互作用集団をつくる必要があります。


つまり、起業家は新企業の業績面だけではなく、学習機会をマネジメントしていく必要があるのです。


 知識創造プロセスの構築によってもたらされる無形の知識資産の蓄積は(または知識創造プロセスそのものは)、競合他社、模倣的追随者から外形上は把握し難いため、容易には複製・模倣されることのできない企業の競争力の核心的な源泉となりえます。


 知識創造プロセスにおいては、厳密なデータ、科学方程式、明示化された手続きなど言葉や数字で表すことのできる「形式知」と、職人的技術、勘、直感などの「暗黙知」の2つの異なる知識のダイナミックな相互作用が鍵となります。


形式知は明示的で論理的言語によって伝達のできる知識です。一方、暗黙知は言葉にならない知識で、他人に伝えることが難しい知識です。知識創造プロセスにおいては、組織または個人に蓄えられている暗黙知を組織全体で共有するために形式知に変換することが特に重要になります。



 暗黙知から形式知へ、形式知から暗黙知へ、そしてまた反復し新たな経験を加えて形式知へと、このような連続的なスパイラルによって、組織の知識を高めていきイノベーションを生み出すプロセスを、野中郁次郎と竹内弘高はSECIモデルとして1991年に発表しました。「知識創造」というコンセプトによって日本企業が連続的にイノベーションを生みだす原動力を解き明かし、世界的に高い評価を受けています。

4つの知識変換モード(SECIモデル)



共同化

暗黙知を、言葉を使わずに例えば経験などを通じて、暗黙のうちに共有すること。相互作用の「場」作り出すことが引き金となる。


表出化

メタファー、アナロジーなど特別な言葉を用いて暗黙知を形式知に変換すること。物事のある側面をより具体的なイメージを喚起する言葉で置き換え簡潔に表現することで「対話」をうながし浮かび上がらせる。


連結化 正式に形式化した知識を結びつけ、人から人へと伝えること。異なる部門、または外部と知識を交換、統合することによって引き起こされる。


内面化 「行動による学習」を通して形式知を暗黙知へと変換すること。ユーザーの反応をすばやく取り入れながらバージョンアップしていく手法も内面化を促進する。




 起業家は知識創造プロセスを新企業に組み込むことによって、革新性をより強固なものとし、また次の革新を生み出す基盤とすることが求められています。


起業に際してチームが必要となる理由は、単純に労働力を必要としているためではなく、知識創造プロセスを回転させるためといえるでしょう。



<まとめ>


◆学習機会をマネジメントする


◆組織の形式知、暗黙知の相互作用を促す





 起業家は、以上に述べた価値創造、信用創造、知識創造の3つのスキルを用いて、旧経済から新しい経済軌道への転換への突破口を切り開き、均衡から発展へと経済を導く役割を担っています。






参考文献:


『経済発展の理論』

THEORIE DER WIRTSCHAFTLICHEN ENTWICKLUNG, 2. Aufl.,1926

ヨーゼフ A. シュンペーター 1912,1926


『C・クリステンセン 経営論』

Harvard Business Review Clayton M. Christensen on Innovation

クレイトン M. クリステンセン 1995,1997,2000,2003,2005,2006,2008,2009,2010,2011,2012


『知識創造企業』

The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation

野中郁次郎、竹内弘高 1995