エクイティとは何か ── 「平らにする」思想が「信任の資本主義」に至るまで
- Jul 16
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Updated: 1 day ago

「Equity(エクイティ)」ほど、現代社会で多義的に使われている言葉は珍しいのではないでしょうか。
金融の世界では「株主資本」を意味し、法学では「衡平法(こうへい-ほう)」を意味し、政治哲学では「公正」を意味します。医療政策では「健康の公平性」を、教育では「機会の公平性」を指します。
一見すると、これらはバラバラの概念に見えます。貸借対照表の右下の数字と、アリストテレスの正義論とが、同じ一つの言葉で呼ばれているのは、単なる偶然なのでしょうか。
偶然ではありません。
そして、これは単なる語源の豆知識でもありません。
本稿の結論を先に述べておきましょう。
Equityとは、「傾いた関係を、あるべき均衡へと回復する原理」です。この原理は歴史の中で、哲学の概念から法の制度となり、法の制度から「信託(Trust)」という発明を生み、信託から「株式会社」と「株主資本」を生みました。そしてその全過程を貫いて、Equityは一つの人間関係の型を鍛え上げてきました。
それが「信任関係(fiduciary relationship)」──他者の利益のために裁量を託され、その信頼に誠実をもって応える関係──です。
したがって、あなたの会社の貸借対照表の右下にある「純資産(Equity)」は、単なる会計上の残高ではありません。それはあなたに寄せられた信任の残高であり、経営者とは、その信任の受託者(fiduciary)なのです。
なぜそう言えるのか。
この言葉の系譜は、紀元前5世紀から4世紀の古代ギリシア──ソクラテスが問答を交わし、アリストテレスが正義を論じた、あのアテナイ──にまで遡ることができます。そこから数えて、およそ2500年。哲学の概念として生まれた「衡平」が、ローマの法となり、イングランドの裁判所となり、信託と株式会社を生み、現代の貸借対照表に刻まれるまでの、2500年の道のりです。
その道のりを辿りながら、確かめていきましょう。
|「平らにする」という原初の発想
Equityの祖先は、ラテン語の aequus(アエクウス) です。
この語は「平らな」「水平な」「等しい」「偏りのない」を意味しました。ここから「公平」を意味する名詞 aequitas(アエクイタス) が生まれ、英語の equity へとつながっていきます。equal(等しい)や equilibrium(均衡)も、同じ語根から生まれた兄弟です。
注目すべきは、古代人が公平を「水平」という空間の比喩で捉えていたことです。
傾いた土地では、水は低い方へ流れ去ってしまいます。土地が水平であってはじめて、水は隅々まで均しく行き渡ります。
公平とは、傾いてしまった人間関係を、水平な状態へと戻すこと。
つまりEquityは、その誕生の瞬間から、静的な「状態」ではなく、均衡を回復する「働き」を指す言葉だったのです。
この一点を、本稿の最後まで記憶にとどめておいてください。Equityの2500年は、この「回復する働き」が姿を変えながら受け継がれていく歴史だからです。

|法を正す正義──アリストテレスのエピエイケイア
ローマに先立ち、古代ギリシアでこの思想を最初に理論化したのが、紀元前4世紀のアリストテレスです。本稿が「2500年」と呼ぶ系譜の、これが出発点にあたります。『ニコマコス倫理学』第5巻で彼が論じた ἐπιείκεια(エピエイケイア) は、後にラテン語の aequitas の訳語を得て、Equity の思想的源流となりました。
アリストテレスの議論の要点は、こうです。
法律は、その性質上、一般的なかたちでしか書くことができません。しかし現実に生起する事柄は、個別で、例外に満ちています。一般的なルールを個別の事情に杓子定規に当てはめれば、法を守ることによって、かえって不正義が生まれる場面が必ず出てきます。
そこで必要になるのが、エピエイケイア──法の一般性がとりこぼす個別の事情に即して、法を補正する正義です。
アリストテレスはこれを、レスボス島の建築で使われた鉛の定規にたとえました。硬い直線の定規ではなく、石の凹凸に沿って曲がる、柔らかい鉛の定規。定規の方が現実に合わせて形を変えるのです。
ここで重要な転回が起きています。
正義(Justice)が「ルールの適用」だとすれば、衡平(Equity)は「ルールでは掬(すく)いきれないものへの応答」です。つまりEquityは当初から、規則(Rule)ではなく理(Reason)によって判断するという思考様式を含んでいました。
規則が沈黙する場面で、それでも正しく判断する。
──後に見るように、これはそのまま、現代の経営者に求められる判断の型でもあります。
|ローマのAequitas──「法の精神」への昇格
ローマ法において、aequitas は「厳格な法(strictum ius)」と対をなす概念となりました。
法文を厳格に適用するだけでは救済されない当事者を、法務官(プラエトル)は aequitas に基づいて救済しました。「法の文言」に対する「法の精神」。ローマの法格言はこの緊張を鋭く言い当てています──「最高の法は、最高の不法でありうる(summum ius, summa iniuria)」。
ギリシアで生まれた哲学的概念は、ローマで法運用の原理へと昇格したのです。
|東方の対位法──法家、秦帝国、そして法を正す法
ここで一度、視線を東に転じてみましょう。「傾いた関係を平らにする」という発想は、西洋文明の専有物ではないからです。
エピエイケイアが論じられていたのとほぼ同じ紀元前の時代、春秋戦国の中国に法家(ほうか)──商鞅、韓非子ら──が現れました。彼らの思想の核心は、身分・血縁・情実によって傾いた統治を、「法」という単一の物差しで均(なら)すことにあります。商鞅は身分による刑の等級を廃し、韓非子は「法は貴きに阿(おもね)らず」──大工の墨縄が曲がった木に合わせてたわまないように、法は権勢者の前でも曲がらない──と説きました。
人格的・恣意的な支配を、規則による非人格的な統治へ。この徹底した「水平化」の思想こそが、辺境の一国にすぎなかった秦を強国に変え、中国最初の統一帝国を可能にしました。統一後の度量衡・文字・車軌の標準化もまた、帝国全土を単一の物差しで「平らに均す」事業だったと言えるでしょう。
つまり、「均(ひと)しさ」への意志は、東西の文明が独立に到達した、普遍的な統治原理なのです。貸借対照表のEquityに流れ込む思想の水脈は、地中海だけから発しているのではありません。
しかし、ここからが重要です。
その秦帝国は、統一からわずか15年で崩壊しました。『史記』の伝えるところでは、帝国を崩壊させた最初の反乱──陳勝・呉広の乱──の引き金は、大雨で兵役の期日に遅れれば法により死罪、という法の硬直でした。どのみち死ぬのなら、と民は立ち上がったのです。
法家は「規則による水平化」という第一の契機を極限まで実現しました。しかし、アリストテレスがエピエイケイアに託した第二の契機──規則がとりこぼす個別の事情への応答、すなわち「法を正す法」──を、統治の中に組み込みませんでした。続く漢王朝がその欠落を埋めます。漢は儒家の「徳」を法に接ぎ木し(徳主刑輔)、董仲舒は経書の精神に照らして個別の事案を裁く「春秋決獄」──行為の文言ではなく心情と文脈を量る裁き──を行いました。大法官府に先立つこと千数百年、東洋にもまた、衡平の契機が要請されていたのです。
規則(Rule)だけの統治は、帝国を作ることはできても、保つことはできない。法には、法を正す衡平が伴わなければならない──。
この東方の教訓は、本稿の終盤、現代のコーポレートガバナンスを論じる場面で、もう一度立ち返ることになります。
さて、視線を西に戻しましょう。Equityが「理念」や「運用原理」を超えて、独立した「制度」となるのは、中世イングランドを待たねばなりません。そして、その制度化の過程でこそ、現代の資本主義に直結する発明が生まれます。
|制度となったエクイティ──イングランド大法官府
中世イングランドのコモン・ロー(普通法)裁判所は、極端な形式主義に陥っていました。
定められた訴訟方式(令状)に合致しない請求は、内容の正当性にかかわらず門前払いとなる。証書の文言がわずかに違えば敗訴する。相手方が証書を悪用していると誰の目にも明らかでも、法はそれを裁けない。
救済されなかった人々は、正義の最終の源泉である国王に直訴しました。国王はこれを大法官(Lord Chancellor)に委ね、大法官は「コモン・ローの帰結が良心(conscience)に反する」場合に、独自の救済を与えるようになります。
こうして生まれたのが大法官府裁判所(Court of Chancery)、すなわち衡平法裁判所(エクイティ裁判所)です。
以後、イングランドには二つの裁判所が並び立つことになりました。「法の文字」を司るコモン・ロー裁判所と、「良心」を司るエクイティ裁判所。前者が一般的規則の厳格な適用を貫くのに対し、後者は規則の適用がもたらす個別の不正義を補正する。この二元体制は、両者が組織上統合される19世紀後半の裁判所法まで、実に数百年にわたって続きました(そして統合後の今日でも、コモン・ローとエクイティは英米法の中で別個の法体系として生き続けています)。エクイティ裁判所は「良心の裁判所」と呼ばれ、コモン・ローと並走するもう一つの法体系──衡平法(Equity)──を発展させました。
現代の英米法で使われるTrust(信託)、Injunction(差止命令)、Specific Performance(特定履行)は、すべてこの衡平法から生まれた制度です。
ここでEquityは、ついに理念から制度になりました。
そして、この衡平法裁判所が生んだ最大の発明が、次に見る「信託」です。イングランド法制史の泰斗F・W・メイトランドは、信託の観念こそイングランド人が法学の領域で成し遂げた最大の、最も特徴的な功績である、という趣旨の評価を残しています。
なぜ、一介の法技術がそれほどの評価を受けるのか。
信託が、「所有」という概念そのものを二重化したからです。
|信託の発明──所有が二重になる
信託の原型は、12世紀*ごろ、中世イングランドの「ユース(Use)」と呼ばれる仕組みです。
(*) 「信託」は封建社会の産物であり、近代の「契約」という概念よりも歴史が古い。契約法が発展し整備されたのは近代社会になってから、ようやく18世紀以降のこと。信託は共同体的価値観が基盤となっており、契約は市場的価値観が基盤となっている。英米法では財産法、信託法、契約法の独立した三つの法体系がある。(参考:樋口範雄『フィデュシャリー[信認]の時代―信託と契約』,1999)
十字軍に従軍する騎士は、長期の不在の間、所領を信頼できる友人の名義に移し、「収益は私の妻子のために用いてほしい」と託しました。ところが帰還してみると、友人が「土地の法的な所有者は私だ」と開き直る。コモン・ロー上、名義は確かに友人にあります。コモン・ロー裁判所は騎士の家族を救済できません。
救済したのは、エクイティ裁判所でした。大法官は、こう考えました。
「なるほど、コモン・ロー上の所有権(legal title)は友人にある。それは否定しない。しかし友人は、託された目的のためにその所有権を保持しているのであって、それを自分の利益のために用いることは良心に反する。ゆえに衡平法は、受益者(妻子)のために友人を拘束する」
この瞬間、人類の所有概念に決定的な分裂が生じました。
同じ一つの財産の上に、
・ 法的所有権(legal ownership)──受託者(trustee)が持つ、形式上・名義上の所有権
・ 衡平法上の所有権(equitable ownership)──受益者(beneficiary)が持つ、実質上の権利
という二つの所有権が同時に成立することになったのです。
そして、この二重構造は、必然的に一つの人間関係の型を要求します。
受託者は、財産に対する完全な法的権限を握っています。売ることも、貸すことも、運用することもできる。しかしその権限は、自分のためではなく、受益者のために行使されなければならない。
強大な裁量と、他者利益への拘束。
この緊張関係を規律するために衡平法が鍛え上げた法理が、信任義務(fiduciary duty)です。その中核は二つ──
忠実義務(duty of loyalty): 受託者は、受益者の利益と自己の利益が衝突する立場に身を置いてはならない。託された地位を利用して私益を図ってはならない。
注意義務(duty of care): 受託者は、思慮ある者が自らの財産を扱うのと同等以上の注意をもって、託された財産を管理しなければならない。
fiduciary の語源は、ラテン語の fiducia(信頼)、さらに遡れば fides(信義) です。信任義務とは、文字通り「信頼に法的拘束力を与えたもの」なのです。
ここで、本稿の系譜を一度つなぎ直しておきましょう。
「傾いた関係を水平に戻す」という古代の発想は、アリストテレスにおいて「法がとりこぼす個別事情への応答」となり、大法官府において「良心による救済」となり、信託において「託した者と託された者の間の、力の非対称を正す法理」へと結晶しました。
受託者は強く、受益者は弱い。名義は受託者にあり、受益者には形式上の権利がない。この圧倒的に「傾いた」関係を、信任義務が「水平」に戻す。
信任とは、衡平の子なのです。
|信託から株式会社へ──株主資本が「Equity」と呼ばれる理由
では、この法制度史が、なぜ貸借対照表の右下につながるのでしょうか。
近代初頭のイングランドで、大航海への投資を束ねる仕組みとして合本会社(joint stock company)が発達します。多数の出資者から資金を集め、会社という器に委ね、事業の成果を持分に応じて分配する。東インド会社はその代表例です。
このとき、出資者の権利は法的にどう構成されたか。
出資者は、会社財産の個々の資産(船、商品、在庫)に対して、コモン・ロー上の所有権を持ちません。船の名義は会社にあります。出資者が持つのは、会社財産という基金(fund)に対する、実質上の持分──すなわち、信託における受益者の権利と同型の、衡平法上の権益(equitable interest)でした。
会社の負債をすべて弁済した後に残る価値。その残余に対する請求権。これが出資者の持分であり、衡平法上の権益として観念されたがゆえに、Equityと呼ばれたのです。

株主資本を「エクイティ」と呼ぶのは、金融業界の符牒でも、恣意的な命名でもありません。それは、株主と会社経営の関係が、歴史的に「信託」の構造から生まれたことの、言語上の刻印なのです。
会計恒等式を改めて見てみましょう。
Assets − Liabilities = Equity
( 資産 − 負債 = 純資産 )
この式が語っているのは、次のことです。
株主に帰属する価値は、最初から確定的に存在しているものではない。債権者・取引先・従業員など、すべての先順位の請求者への義務を果たした後に、はじめて残る。
つまりEquityとは残余請求権(Residual Claim)であり、それは「他者との関係をすべて衡平に整理し終えた後の持分」という、まさに衡平法的な構成を持っているのです。
|残余請求権という設計思想──なぜ資本は集まるのか
残余請求権という概念は、地味に見えて、資本主義の骨格そのものです。
会社が生む価値の分配には、明確な順位があります。従業員への給与、取引先への支払い、銀行への元利金、国への税──これらの確定請求権が先に立ち、株主は最後に残ったものだけを受け取ります。倒産すれば、株主の取り分は最後に、そして多くの場合ゼロになります。

株主は、最後に受け取り、最初に損失を吸収する存在です。
この「最劣後」の地位は、一見不利に見えます。しかし、この順位構造こそが、資本主義に二つの効果をもたらしました。
第一に、債権者が安心して貸せるようになりました。自分より先に損失を吸収してくれる厚いEquityの層があるからこそ、銀行は確定利息で資金を出せます。Equityは、システム全体の緩衝材(バッファー)です。
第二に、不確実性の引き受け手が明確になりました。フランク・ナイトが看破したように、確率計算が可能な「リスク」は保険や金利に転嫁できますが、計算不能な「不確実性」は、誰かが引き受けるしかありません。その引き受け手が、残余請求権者たる株主です。だからこそ、不確実性を引き受けた見返りとしての残余利益──企業者利潤──は、株主に帰属します。
エクイティ・ファイナンスとは、確定した過去への支払いではなく、計算不能な未来への信任投票です。投資家は、返済の約束という「契約」ではなく、経営者の判断という「裁量」に賭けています。
ここに、信託と同じ構造が再び現れていることに気づかれるでしょうか。
強大な裁量を持つ者(経営者)と、それに運命を委ねる者(株主)。
傾いた非対称な関係。
そして、それを水平に戻すエクイティの原理。
|所有と経営の分離──経営者は「受託者」である
1932年、バーリーとミーンズは『近代株式会社と私有財産』で、米国の大企業において所有と経営が分離した実態を明らかにしました。株式が広く分散した結果、会社を「所有」する株主は経営を実行できず、経営を実行する経営者は会社を所有していない。
このとき彼らが経営者の地位を説明するために持ち出した概念こそ、ほかならぬ受託者(trustee)でした。経営者は、株主から会社の支配を託された受託者であり、信任義務を負う──衡平法が信託のために鍛えた法理が、そのまま株式会社に移植されたのです。現代の会社法が取締役に課す忠実義務と善管注意義務は、この系譜の直系の子孫です。
ここで、現代の経営学を長く支配してきた一つの見方と対比しておく必要があります。
エージェンシー理論は、株主と経営者の関係を「本人(プリンシパル)と代理人(エージェント)の契約関係」として捉え、両者の利害の乖離(エージェンシー・コスト)を、監視と報酬設計──ストックオプション、業績連動報酬──によって最小化しようとしました。
この理論は多くの実務を生みましたが、決定的な前提の欠陥があります。契約で経営者の行動をすべて規律できる、という前提です。
しかし、思い出してください。Equityが引き受けているのは、確率計算可能な「リスク」ではなく、計算不能な「不確実性」でした。不確実な未来については、起こりうる事態を契約条項に書き尽くすことが原理的にできません。契約は必然的に不完備です。
契約が沈黙する場面──想定外の危機、前例のない機会、規則が答えを持たない局面──で、経営者はどう行動すべきか。
契約理論はここで答えを失います。答えを持っているのは、信任の法理です。すなわち、契約が尽きたところでは、託した者の利益のために、良心に従って判断せよ。
経済学者の岩井克人は、この点を突き詰めて、経営者の本質は株主の「代理人(agent)」ではなく「信任受託者(fiduciary)」である、と論じました。代理人は契約と対価で動きますが、受託者を最終的に規律するのは、契約に書けない部分を埋める倫理性です。会社制度は、純粋な利益計算だけでは成立せず、その中枢に信任という倫理的関係を組み込むことでしか作動しない──。
規則(Rule)ではなく理(Reason)で判断する。
アリストテレスが法の限界を補うものとしてエピエイケイアを要請してから2300年、大法官が良心の名においてコモン・ローを補正してから600年。同じ構造の問いが、「契約の限界を補うものとしての信任」というかたちで、現代の経営者の机上にあるのです。
|「公正」への現代的展開
視野を法と経営の外に広げれば、20世紀の政治哲学もまた、Equityの問題系を継承しています。
ジョン・ロールズは『正義論』で、全員を機械的に等しく扱うこと(Equality)ではなく、最も不利な立場にある人の状況を改善する限りで格差を正当化する、という原理(格差原理)を提示しました。形式的な等しさではなく、制度が関係の傾きをどう補正するかを問うたという点で、これはエピエイケイア以来の衡平の問いの現代版です。
マイケル・サンデルは、手続きの公正だけでは掬えない共同体の善を論じ、ジャック・デリダは、法は規則として定式化できるが、正義はつねに個別の他者への応答としてしか現れない、と論じました。「規則の一般性」と「個別への応答」という、アリストテレスが立てた緊張は、いまも哲学の最前線にあります。
一般に「equality(等しさ)は同じものを配ること、equity(公正)は必要に応じて配ること」と対比されますが、本稿の系譜を踏まえれば、より正確にこう言えるでしょう。
Equalityが「状態」の概念であるのに対し、Equityは「働き」の概念である。それは、関係の傾きを見抜き、均衡を回復し、そのうえで責任と権利を適切に配分する、動的な原理なのです。
|統合──Equityを貫く三つの契機
ここまでの系譜を、三つの契機に統合しましょう。Equityという言葉が2500年間、姿を変えながら保持し続けてきた構造です。
第一の契機──均衡の回復。 傾いた土地を水平にするように、力や情報や地位の非対称によって傾いた関係を、あるべき均衡へと戻す働き。語源のaequusから、ロールズの格差原理まで。
第二の契機──残余の引き受け。 他者への義務をすべて果たした後に残るものを受け取り、同時に、計算不能な不確実性と最終責任を引き受ける地位。会計のEquityから、企業者利潤まで。
第三の契機──信任への応答。 裁量を託された者が、規則や契約が尽きた場面で、託した者の利益のために理と良心に従って判断する義務。信託の受託者から、現代の取締役まで。
この三つは、別々の意味が偶然一つの単語に同居しているのではありません。均衡が破れやすい関係(第一)だからこそ、誰かが最終責任を引き受ける必要があり(第二)、その引き受けは契約では書き尽くせないがゆえに信任として構成される(第三)──一つの原理の、三つの側面なのです。
そして、この三つの契機がすべて交差する一点に立っているのが、経営者です。
|現代の経営者にとってのEquity──信任の会計
以上の認識は、経営の実務に、少なくとも四つの視座をもたらします。
第一。貸借対照表の純資産の部を、「信任の残高」として読むこと。
純資産は、調達コストのかからない自由なお金ではありません。返済期日がないという事実は、説明責任に期日がないことを意味します。負債が「契約による規律」だとすれば、Equityは「信任による規律」であり、後者の方が要求水準は高い。増資とは信任の追加供与であり、継続的な赤字による純資産の毀損とは、単なる会計上の目減りではなく、託されたものを損なうことです。自社の純資産の推移を、信任の履歴として読み直してみてください。創業時の資本金には創業者と初期の支援者の、利益剰余金には事業を通じて応えてきた信任の、それぞれ何年分かが積層しています。
第二。自らをエージェントではなく、フィデューシャリーとして定義すること。
エージェントの行動原理は「契約と報酬に応じて動く」ですが、受託者の行動原理は「契約が沈黙する場面でこそ、託した者のために判断する」です。不確実性の高い環境では、契約や規程やマニュアルが答えを持たない局面が構造的に増えます。そこで問われるのは、レスボスの鉛の定規のように、原理原則を保持したまま個別の現実に即して曲がる判断力と、その裁量を私益に用いない忠実さです。危機の局面で経営者の真価が問われるのは、まさに信任がそういう場面のために存在する原理だからです。
第三。信任の構造は、株主との間だけでなく、あらゆるステークホルダーとの間に存在すると認識すること。
従業員はキャリアという取り返しのつかない時間を、顧客は自らの課題の解決を、取引先は事業の継続を、それぞれ経営者の裁量に委ねています。いずれも契約書には書き尽くせない委託であり、その意味で信任です。日本の商人が長い時間をかけて練り上げてきた「三方よし」や、渋沢栄一が『論語と算盤』で説いた道徳経済合一の思想は、この多方向の信任を経験的に発見していた知恵だと読むことができます。ステークホルダー経営は近年の輸入概念ではなく、Equityの原義──関係の均衡の回復──に立ち返れば、資本主義の設計図に最初から書き込まれていた要請なのです。
第四。M&Aと事業承継を、「信任の移転」として設計すること。
会社を譲渡するとき、法的に移転するのは株式であり資産です。しかし実質において移転しているのは、従業員・顧客・取引先・地域が旧経営者に寄せてきた信任の総体です。デュー・デリジェンスが資産と負債を精査するように、譲る側と受け継ぐ側は、目に見えない信任の残高を精査し、その引き継ぎ方を設計する必要があります。買収価格が純資産を上回る部分──のれん──とは、会計的には超過収益力ですが、本稿の観点からは、まさに数値化された信任にほかなりません。承継とは資産の売買である以上に、受託者の交代なのです。
|コーポレートガバナンス論への示唆──「監視の設計」から「信任の設計」へ

Equityがもたらす視座が、現代のコーポレートガバナンス論の袋小路に対して持つ意味を確認しておきましょう。
過去数十年のガバナンス改革は、その大部分がエージェンシー理論の設計思想の上に築かれてきました。独立取締役による監視、株式報酬による利害の整列、開示による規律。その根底にあるのは、経営者を「放っておけば私益に走る代理人」とみなす、いわば性悪説の人間観です。──お気づきでしょうか。これは、監視と信賞必罰の体系で統治を設計しようとした、法家の解とまったく同型です。
この装置群は一定の成果をあげました。しかし近年、その限界もまた明らかになっています。
第一に、「会社は誰のものか」を巡る論争の泥沼化です。2019年、米国の主要経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルは、株主第一主義を見直し、すべてのステークホルダーへの責任を掲げる声明を発表しました。ステークホルダー資本主義とESGの潮流が世界を覆い、しかしその後、米国では「経営者が株主の資金で社会運動をしている」という反発から、ESGを巡る政治的な逆風(バックラッシュ)が吹き荒れました。「株主か、ステークホルダーか」という問いの立て方そのものが、利益の分捕り合戦と政治的な綱引きに転化してしまったのです。
第二に、形式の肥大です。日本でも、ガバナンス・コードの改訂、取締役会の独立性・多様性の要請、東京証券取引所による「資本コストや株価を意識した経営」の要請、政策保有株式の解消、アクティビストの活発化と、規律強化の潮流が続いています。これらの多くは必要な改革です。しかし、チェックリストと開示項目がいくら積み上がっても、ガバナンスの核心──規則が答えを持たない場面での、経営者の裁量の質──には届きません。監視の網の目をどれほど細かくしても、契約の不完備性は消えないからです。規則の積み増しだけで統治を全うしようとする試みが何に行き着くかは、秦帝国がすでに教えてくれています。
本稿の系譜は、この袋小路に対して、問いの立て直しを提案します。
「誰の利益に仕えるか」を問う前に、「経営者の裁量を、いかに信任として構成するか」を問うべきである。
Equityの原理から見れば、株主かステークホルダーかという二者択一は、そもそも問いが浅いのです。信任(fiduciary)とは、特定の受益者の利益を機械的に最大化する装置ではなく、託されたものに対して、利益相反を避け、誠実な裁量をもって応える関係の型です。オックスフォードのコリン・メイヤーが説く「パーパス(存在意義)を中核に据えた会社」の構想も、リン・ストウトによる株主価値最大化「神話」への批判も、経路は違えど、経営者を単なる代理人ではなく受託者として再定義しようとする試み──受託者性(trusteeship)の再発見──として読むことができます。
この視座に立つと、実務の景色も変わります。取締役会は、経営者を疑う「監視機関」である前に、社会と資本市場から会社に寄せられた信任を受託し、次代へ承継する機関となります。取締役会の実効性評価は、監視項目の網羅性ではなく、規則が沈黙した局面での判断の質を問うものになります。後継者計画(サクセッション・プラン)は人事の手続きではなく、信任の承継の設計になります。そして開示とIRは、規制対応ではなく、信任に対する応答──説明責任(accountability)の語義通り、託された者が自ら進んで行う「勘定の報告」──になります。
法家的な監視の設計は、ガバナンスの必要条件です。しかしそれを十分条件にするのは、規則が尽きたところで作動する原理、すなわち信任の設計です。コーポレートガバナンスの次の焦点は、監視の精緻化から、信任の構成へ移っていくでしょう。2500年の系譜は、その移行が流行ではなく、Equityという概念の本来の要請であることを教えています。
そして、企業とは「契約の束(nexus of contracts)」である、という見方も十分ではありません。取締役の株主に対する忠実義務、ファンドマネージャーの受益者に対する受託者責任、M&Aアドバイザーの信任義務(fiduciary duty)など、現代資本主義の高度な制度では、契約ではなく信任が中核にあります。
市場が機能するのは、規則や契約だけではなく、規則や契約では書き切れない部分を信任が支えているからです。
|結語──BS右下の数字を、誰からの信任として読むか
資本主義は、しばしば「利益を追求する仕組み」と説明されます。
しかし、古代ギリシアから現代の貸借対照表に至る2500年の系譜が示すのは、より深い構造です。資本主義を根底で支えているのは、市場でも貨幣でも株式会社という法形式でもなく、誰が最後に価値を受け取り、誰が最後まで責任を負うのかを秩序立てる原理──そして、その責任の引き受けを可能にする信任という人間関係の型です。
その全体を象徴する言葉が、Equityなのです。
「平らにする」という古代の空間的な比喩から出発したこの言葉は、法を正す正義となり、良心の裁判所となり、所有を二重化する信託を生み、株式会社と自己資本を生み、そして今、不確実な世界で裁量をふるうすべての経営者に、受託者としての規律を求めています。一方で、経営者そして企業にとっては引き受けた信任こそが、企業活動における力の源泉となるはずです。
最後に、一つの問いを置いて本稿を閉じましょう。
あなたの会社の貸借対照表、その右下の数字を、誰からの、何に対する信任として読みますか。
そして、契約も規則も答えを持たない次の局面で、あなたはその信任に、どう応えますか。
参考文献:
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The Nicomachean Ethics
アリストテレス(前4世紀)
『韓非子』
韓非(前3世紀)
『近代株式会社と私有財産』
The Modern Corporation and Private Property
アドルフ・A・バーリー、ガーディナー・C・ミーンズ 1932
『リスク、不確実性、利潤』
Risk, Uncertainty and Profit
フランク・H・ナイト 1921
『イングランド法とルネサンス』
English Law and the Renaissance
F・W・メイトランド 1901
『正義論』
A Theory of Justice
ジョン・ロールズ 1971
『これからの「正義」の話をしよう』
Justice: What's the Right Thing to Do?
マイケル・サンデル 2009
『法の力』
Force de loi: Le "fondement mystique de l'autorité"
ジャック・デリダ 1994
Separation of Ownership and Control
ユージン・F・ファーマ、マイケル・C・ジェンセン 1983
『株式会社規範のコペルニクス的転回』
Prosperity: Better Business Makes the Greater Good
コリン・メイヤー 2018
The Shareholder Value Myth
リン・ストウト 2012
『会社はこれからどうなるのか』
岩井克人 2003
『信任関係の統一理論に向けて』
岩井克人 2016
『論語と算盤』
渋沢栄一 1916
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ポンペイア・プロティナの硬貨。裏面にフィデースが描かれている。フィデース(Fides)はローマ神話における「信頼」の女神。
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