ハッカーの哲学とネットワーク社会の構造(2)Hacker’s Philosophy and the Structure of Network-society.




ネットワーク社会の構造



 蒸気機関と紡績機の登場が産業革命という社会変革を引き起こしたように、コンピュータの存在もただ利便性をもたらすだけではなく、社会の根底にある構造すらも変えてしまうであろうことは容易に推測できます。いえ、すでに変わりゆく世界を誰もが実感していることでしょう。

 いまやほとんどすべての人と組織がコンピュータに“ 接続 ”されています。そのことは、生活の営みや、社会の在り方まで大きく変えていくでしょう。



 コンピュータテクノロジーによってもたらされる社会変化には、いくつかの特徴的な原則を見いだすことができます。

それは、デジタル技術由来の「分散」とデジタル経済に作用する「ネットワーク外部性」という二つの力の働きによって示すことができます。

世界中に通信ネットワークが網の目のように張り巡らされることによってユーザー同士が結びつけられ、そして分散とネットワーク外部性という力が働くことによってもたらされる、カテゴリー別に水平方向に世界全体へと広がる「(ば、field)」が幾層にも重なって構成される多層的なレイヤー構造が、現代のネットワーク社会の特徴なのです。



中央集権型から分散型へ



 コンピュータの歴史は、中央集権型から分散型へのシフトの歴史だと言っても過言ではありません。

当初のコンピュータは中央集権型の管理システムの最たるものでした。コンピュータを導入するのも主に政府、軍、行政、巨大企業の本社などでした。

1950年代から1970年代中頃まで、コンピュータと言えば巨大な躯体を持つメインフレーム型のコンピュータのことでした。そして、その市場はほぼIBMが独占していました。


メインフレームは非常に高価であったため、プログラムを実行させるには、専門の管理者にプログラムをパンチしたカードを渡して、結果の出力を受け取るという方法をとる必要がありました。当然、各個人が自由にコンピュータを使うことなどは望むことすらできませんでした。



スティーブ・ウォズニアック(Steve Wozniak、1950年8月11日 ー )はAppleをジョブズらとともに創業し、1977年、AppleⅡをほぼ独力で開発した。AppleⅡはその性能もさることながら創造力にあふれた芸術性を備えており、当時のコンピュータユーザー、エンジニア、ハッカーたちに絶大な影響を与えた。彼は、自分自身のパーソナルコンピュータがつくりたいという純粋な動機からAppleⅡを創った。AppleⅡは世界初の量産されたパーソナルコンピュータとなり、パソコン時代の幕開けとなった。ウォズニアックはハッカー達から、最大限の敬意をこめて「Wizard(魔法使い)」と呼ばれる。



 しかし、いまでは誰もがスマートフォンや個人のパソコンを持ち、自由に世界中とコミュニケーションを行い、自分自身のウェブページで世界中に発信しています。(スマートフォンの処理性能は1960年代のメインフレームの性能を遥かに超えている。)


中央の権威的な管理者によってネットワークが制御されるのではなく、ネットワークの参加者が対等な関係で結ばれ、集合的に運営する。それが「分散型」の仕組みであり、基本となる考え方です。


管理の意思決定を分散することによって、選択の自由がもたらされ、そのことが多様性を生みだします。その結果、より創造性が豊かに、そして危機に対しても強くなるという考え方です。


技術革新にともなう分散化によって変わったのは、通信方法やコミュニケーションの方法だけではありません。商品の生産の仕方も大きく変わりました。



 従来の産業構造《オールドエコノミー》では、産業革命以降、主に工場などに多くの労働力を集めて、大量生産することによって「規模の経済」を働かせて生産コストを抑えた大企業が市場の勝者となってきました。つまり、それは中央集権型のビジネスモデルです。

しかし、ネットワーク型社会の産業構造《ニューエコノミー》では商品生産のために、一箇所に大量の労働者を集める必要はありません。世界中のどこからでも、より安くより品質の高い部品を生産する場所から仕入れを行い、労働力の安い地域で組み立てを行い、需要に応じて生産することができます。つまり、労働、生産、意思決定の分散がみられます。

高度な知識が必要な専門的なサービスであったとしても、世界中の優秀な人材とインターネットを通じてアクセスすることによって構築し、提供することができます。



 オープンソース・システムのLinuxも、Gitという分散型のバージョン管理システムを用いて、世界中のプログラマと世界同時的に協働開発を進めています。開発に参加するプログラマたちは自らの自由な意思決定を保持しながら、オープンな環境で自主的にソースコードを書き加えていきながら協調して全体を構築していっているのです。

いままでは先進国が内部に留めていた仕事も、アジアやアフリカ、中南米などの新興国に分散しています。

ネットワーク化された社会では、コンピュータがインターネットにつながってさえいれば、世界のどこからでも商品、サービス、労働、情報といった価値を提供することができます。



 ビットが私たちに要求するのは、制限のない自由な情報の移動と、より無駄のない効率的な情報処理です。

自由な移動と、効率的な処理のためなら、もはや国の国境すら越えてしまうのが、情報というものが根源的に持つ分散する性質なのです。(クロード・シャノンはこの情報が持つ性質を、熱力学におけるエントロピーとの類似性から、情報エントロピーという量で表した。)

そして、ビットの要求する自由な情報の移動と、効率的な情報処理に真正面から向き合うことで形成されたのが、分散化を推し進めようとするハッカーたちの哲学なのです。それはつまり、真理を追い求め、新しい価値の創造のために積極的に情報を共有しよう、という考え方です。


この合理的な効率性に基づいた考え方に従って、コンピュータシステムの分散化は推し進められています。


ネットワーク外部性によって集中する情報と富


ビル・ゲイツ(William Henry Bill Gates III、1955年10月28日 ー )は、10代の頃、学友のポール・アレンとともに最初期のコンピュータ組み立てキットAltair8800用にプログラミング言語BASICのインタープリンタを書く仕事を受託することから彼のキャリアをスタートさせた。当時ゲイツは、コード圧縮の名人だった。しかし、ハッカー・コミュニティは彼らの書いたAltair8800用BASICをハッカー倫理に従って複製し自主流通させて「共有」したことから、ゲイツとハッカー・コミュニティの飽くなき闘争の歴史が始まった。当時はまだソフトウェア著作権の概念は固まっていなかった。その後ゲイツはMicrosoftをIT業界における帝国にまで育てあげた。



 しかし、分散する方向に一方的に流れているかのように見えるシステムや経済も、その反面で極度に集中化していっているように見える部分もあります。

例えば、Amazon、Google、Apple、Facebook、Alibaba、Microsoftなどがそうでしょう。



 情報が分散する方向に向かうのであれば、なぜ一部の巨大IT企業に富が集中するのでしょうか?



 たしかにこれらの一部の巨大IT企業を除けば、先進国は停滞し、新興国が勃興している状況は、情報が分散していくのと合わせて仕事も富も分散に向かっているように見えます。グローバルに見れば、先進国に集中していた富は新興国に拡散し、格差は縮小しつつあります。

しかし、その一方でニューエコノミーに登場した巨大IT企業は、情報も富も一手に飲み込んでいっています。

この情報と富の集中は、「ネットワーク外部性」によってもたらされています。


 ネットワーク外部性が強く作用し、それをコントロールしている代表的な事例としては、Microsoft Officeがあります。

ご存知の通り、Microsoft OfficeはExcel、Word、PowerPointなどのビジネスアプリケーションのセットで、ビジネスシーンにおいては圧倒的なシェアを得ています。

しかし、Officeと同じようなアプリケーションは、LibreOfficeなどもあり、かつては表計算ソフトのLotus 1-2-3はExcelより先行すらしていましたが、いまビジネスで実際に利用している人はあまりいません。

なぜなら、多くのユーザーがMicrosoft Officeを使っているため、同じフォーマットで共有したり受け取ったデータを加工したりする際の利便性が高まるからです。そのことによって、ますますユーザーはMicrosoft Officeに惹きつけられます。

たとえ、より性能に優れたドキュメントアプリケーションがあったとしても、相手方が使えないのであれば、自分だけ別のアプリケーションを使おうとは思わないでしょう。情報を共有する相手にもこちら側と同じアプリケーションを使うことを求めても応じてもらえることは、あったとしても稀でしょう。

 もう一つ、より分かりやすい例をとりあげてみましょう。

1980年代に一世を風靡した任天堂のファミリーコンピュータにはセガのメガドライブなどのライバルがありましたが、ほとんどの少年少女たちはファミコンを選びました。

なぜか?それは、皆がファミコンユーザーであったため、ファミコンでなければ彼らは学校で仲間と一緒にゲームの話で盛り上がるという楽しみが得られなかったからです(性能はメガドライブのほうが優れていることは、彼らも知っていた)。「みんな持ってるファミコンが欲しい!」

そして、ゲームソフトの開発会社も、最も少年少女たちに支持されているファミコン上で新作のゲームをリリースすることを選択し、ファミコンのプラットフォームとしての優位性はより一層ゆるぎないものとなっていきました。




 より多くのユーザーが使っているサービスが、より高い価値を持つ。小さいネットワークよりも大きいネットワークに参加するほうが、より高い利便性と価値を得ることができる。

これがネットワーク外部性と呼ばれる力です。


 そして、ネットワーク外部性は、ユーザー数が一定数(クリティカル・マス)を超えると、より強く働きます。ユーザー数が正のフィードバック効果によってますます増加し、勝者が総取り、一社独占に一挙に傾くのがネットワーク外部性の特徴なのです。


 デジタル経済においては、ユーザーの自己裁量によって非中央集権的なネットワークが広がる「分散」と、ユーザー数の拡大が「ネットワーク外部性」を強め、そのことによって一つのプラットフォームに「集中」がすすむことは、コインの表と裏の関係にあるといえます。


 また、ネットワーク外部性の働きによって「より多くの人が使っているものに価値がある」潤沢さの経済は、従来の「誰も持っていないものに価値がある」希少性の経済と、価値認識の逆転があることにも注意を払う必要があるでしょう。


 参照 >共有型経済の出現とシミュレーショニズムの戦略




ネットワークにロックインされるユーザー



 ニューエコノミーにおいては、ユーザー企業はプラットフォームを活用して国境を越えて世界中にアクセスすることで分散的に協働を図る一方で、支配的プラットフォーム企業はネットワーク外部性によってユーザー、そして市場を総取りし、《ロックイン》しようとします。


 もちろん従来の工業型経済においてもネットワークは存在していました。道路網や鉄道網、物流網などの物理的ネットワークです。しかし物理的ネットワークにおいては、ネットワーク外部性がニューエコノミーにおけるコンピュータ・ネットワークに比べて、そこまで強く働くことはありません。

例えば自動車は、道路という物理ネットワークを活用するための媒体といえますが、トヨタに乗っていてもホンダに乗っていても同じように移動できます。皆がトヨタに乗っていれば、むしろ自分はメルセデスに乗りたいとすら思うこともあります。もともとトヨタに乗っていた人が、メルセデスに買い換えても、すぐに運転にも慣れ、いままで通り使うことができるでしょう。

 しかし、ITソフトウェアの場合、いままでMicrosoft Officeを使っている人が別のアプリケーションに乗り換えるとしたら、いままで作ってきたファイルは使えなくなってしまいます。乗り換えのためのコスト負担が周辺環境にまで派生してしまうのです。

ハードウェアの場合も同様に、Windows機ユーザーがMacに乗り換えようとしても、また新しいマシンに習熟するのに時間もかかり、いままで使ってきたソフトウェアや、一部の周辺機器は買い換える必要があります。

ある技術ブランドから別の技術ブランドに切り替える際には、追加の切り替えコスト(スイッチングコスト)が発生します。個人の場合はコストはそう大きくはないかもしれませんが、企業の業務システムなどの場合、スイッチングコストは膨大なものとなります。そして、ユーザーはスイッチングコストの負担という足かせのために、元のブランドの囲い込みロックイン》に直面します。



 ニューエコノミーの巨大IT企業は、ユーザーを自社のプラットフォームに引き込み、シェアを獲得した上でネットワーク外部性によって競合を引き離し、さらに様々な補完サービスや割引などの便益の提供を通じて、囲い込み《ロックイン》します。


これは、開かれた自由なテクノロジーの利用を志向するオープンソースとは対極的な考え方です。

ユーザーはプラットフォームの利便性を得ると同時に、気を抜けば特定のプラットフォームにロックインされてしまいます。ロックインされると、ユーザーは特定のハードウェアまたはソフトウェアに、いわば閉じ込められた状態になります。

 支配的なプラットフォーム企業はロックインしたユーザーに対して、さらに様々な追加サービスを提供、販売してロックインを強めていこうとします。Googleは当初シンプルな検索システムを提供することからはじめ、フリーメールサービス、スケジュール管理、Webサイトのアクセス分析などのサービスを追加していきました。これらのサービスを日常的に活用しているユーザーは、Googleを利用せずに一日を過ごすことは容易ではありません。結果としてユーザーは、検索システムというWeb上における認知機能がGoogleにロックインされています。

 またさらに、プラットフォーム企業は獲得したユーザーから得られるデータをもとに新たなサービスを開発する機会を得ることもできます。AmazonはECプラットフォーム事業が主軸事業ですが、ECサービスで得られたインフラと知見をもとにAWS(Amazon Web Service)というクラウドサービス事業を展開しています。2017年度の営業利益は41億ドル、うち43億ドルがAWSがもたらしたものです(EC事業はロックイン強化のための投資を先行させておりマイナス営業利益となっている)。


ユーザーとプラットフォームの二極によってつくりだされる「場」


 国境を超えて分散して広がり協調するユーザーと、ネットワーク外部性によって中央集権化して管理する独占的プラットフォームとの拮抗する2つの力によって、カテゴリー毎にいくつもの《場(ば)》が形成されていきます。

」とは、人々が参加し、意識・無意識のうちに相互に観察し、コミュニケーションを行い、相互に理解し、相互に働きかけ合い、共通の体験をする、その状況の枠組みのことです。ユーザーもプラットフォームも周辺環境も広く含めた、関係性の束のようなものだと言ってよいでしょう。


 コンピュータ・ネットワーク上の「場」においては、ユーザーとプラットフォームの間に、緊張感のある共存関係が築かれていきます。


ユーザーはより自由なテクノロジーの利用を求め、プラットフォームは顧客基盤から最大限の価値を引き出そうとします。

この相対する二つの勢力は、相対しながらも相互依存の関係にもあります。ユーザーは利便性の高いプラットフォームを利用して、他のユーザーとの相互アクセスを確保する必要があります。プラットフォームはより多くのユーザーからの支持をとりつけ、ネットワーク外部性を確保する必要があります。 



 サイバー空間の「場」における、ユーザー同士の相互作用はデータのやり取りを介して行われます。

プラットフォーム側のデータの取り扱い方次第でユーザーは「場」に引きつけられもし、離れてもいきます。

そして、ユーザーの活動はデータとしてプラットフォームにフィードバックされ、プラットフォーム側は再び得られたデータをもとに「場」を調整し、舵を取ります。(ユーザーとプラットフォームは再帰的関係にあるといえる)

プラットフォームがユーザーのデータ利用と情報交換の自由を保障し、またユーザーがプラットフォームを公正な管理者として信頼することで、情報共有と相互作用が促進される時、「場」は大きく広がることになります。



 すでに音楽、映像などの分野はiTunes、YouTubeなどの「場」に取り込まれています。そこでは、中間業者は存在せず、ユーザーとプラットフォームの二者があるのみです。

コンピュータ自体も最も早い段階で、業界そのものが「場」へと移行した市場です。元々は数多くのパソコンメーカーがそれぞれ独自に本体〜OS〜外部機器〜運用、保守まで提供し、様々なソフトウェア会社が異なるパソコンの仕様にあわせてソフトウェアを制作していました。しかしMicrosoftがWindowsによって市場を制覇すると、多くのソフトウェア、ハードウェアはWindowsという共通の「場」の上で展開する補完的なコンテンツのひとつとなっていきました。

今後、金融、健康、モビリティ(移動手段)など、様々な領域がネットワーク化を経て、それぞれがカテゴリー別に世界共通の一つの「場」に飲み込まれていくことになるでしょう。

 コンピュータ・ネットワーク上の「場」は国境や地域を越えて世界全体に広がり、世界中のさまざまな内側と外側という境界を取り払っていきます。国家という枠組みでさえ、例外ではありません。そして音楽や映像、小売、医療、趣味といったカテゴリーごとの「場」が水平方向に何層にも重なるレイヤー構造となり、新しい世界のシステムを形づくっていくことになります。




モジュール化するビジネスシステム


 では、次に新しい世界のシステム(=ネットワーク型経済、ニューエコノミー)におけるゲームのルールを説明しましょう。(何かをゲームや遊びと表現すると、決まって不謹慎だと言う人がいるが、楽しむことはいつだって重要だ)

サンプル教材は、シリコンバレーのベンチャービジネス・システムです。

もちろん、これは一面的なとらえ方ではありますが、シリコンバレー式経済は、来たる新しい世界のビジネスシステムの一つの雛形であるといえるでしょう。

そして、ここでもコンピュータの構造を理解し構築するために用いた「モジュール」と「抽象化」という概念を組織にも適用することで、ゲーム(=ビジネスシステム)を俯瞰することができます。





 シリコンバレーのベンチャービジネスシステムの特徴は、最終消費財またはサービスを生産するために、全体を機能別の自律分散型のベンチャービジネスに分解し、それらの小企業群が相互に補完しあうエコシステム(生態系)を構築したところにあります。


コンピュータは、きわめて膨大な要素が調和を保ちながら作動し、急激に進化しています。複雑化する技術を企業が取り扱うために、製品と製品開発チームをより小さなサブシステムである「モジュール」に分解することで、設計者、製造者とユーザーは高い柔軟性を獲得することができます。シリコンバレーのエコシステムでは、個々のモジュールに対して、異なる企業が別々に責任を持つことが可能となったことで、各モジュールの創意工夫の集積から信頼性の高い製品が生み出されていったのです。


 また、システムをモジュールに分解することによって、システムに対する機能付加と機能削除が容易になり、システムの適応範囲に多様性を持たすことができます。

それは同時にシステムを構成する要素に意図しない変動が起こっても、システム全体を見直すことなく、モジュール単位でその事態を処理することができる「不確実性に強いシステム」であることを意味しています。 



 現在では、コンピュータ業界に限らず様々な業界でモジュール化が進んできています。

組織の「モジュール化」にあたり、全体のアーキテクチャのデザインと個々のモジュールをどのように定めて、それぞれのモジュールをどのように結びつけるのかを構想するために、私たちは渾然一体となっているビジネスシステムを「抽象化」してとらえる必要があります。


 ビジネスシステムの「抽象化」の鍵となるのが、明示的なデザイン・ルールインターフェイス隠された情報の三つの概念です。

そして、モジュール化は様々なモジュールの組み合わせによって多様な選択肢(オプション)を生むことから、金融オプション理論に従ってシステム全体の価値も引き上げることになります。その価値創造のロジックがシリコンバレーに多くの富をもたらすことになりました。



小さく生んで大きく育てる



 モジュール化の起源は、1964年に発表されたIBM System/360で初めて採用された設計方法にあります。


IBMや他のメインフレーム・メーカーのそれまでのモデルは、それぞれ独自で共通性もなく、各モデルは固有のOS、プロセッサ、周辺機器やアプリケーションを持っていました。そのため、メーカーが改良された新しいコンピュータ・システムを開発するたびごとに、特別なソフトウェアや部品も開発する必要があり、エンドユーザーも現状のプログラムをすべて書き換える必要がありました。しかもユーザーは、もしソフトウェアの変換に欠陥があれば、いままでの貴重なデータを失うリスクにさらされることになりました。つまり、従来のハードウェアには互換性がなく、新しいハードウェアへのデータの移植は困難でした。このため、顧客の多くは新機種の導入に消極的にならざるをえませんでした。


 そこでIBM System/360の開発チームは、新たなハードウェアシリーズの互換性を確保するために、全体のアーキテクチャの「明示的・包括的なデザイン・ルール」を定めて、周辺機器を含めて機能毎のモジュールに分割し、各モジュールが相互に正しく動作するように連結方法を「インターフェイス」として定義してそれを公開し、モジュールに従わせました。

一方で各モジュールの開発者はデザイン・ルールに従う限りモジュールの中身は自由に変更が可能となり、新しいテクノロジーを積極的に取り入れることが可能となりました。モジュールの機能をどのように実現するのかについてはモジュールを超えて他の設計に影響を与えない「隠された情報」となり、各モジュールが個別に創意工夫に取り組むことを促す結果をもたらしたのです。


従来機種と新機種の間にソフトウェアの互換性を持たせるために、設計面で「モジュール化」の原則が採用されたことによって、コンピュータの設計はインターフェイスを境にして「見える情報(=明示的なデザイン・ルール)」と「隠された情報(=モジュールの中身の仕様)」に分けられることになりました。


 「モジュール化」によって、IBMの異なるユニットと様々な外部企業が、独立してそれぞれのモジュールに取り組んだことで、イノベーションのスピードが著しく加速しました。それぞれのモジュールは単一のモジュールに集中することで、より深く追求することができ、実験的な開発も並行的に行われることになりました。そのため、System/360は多様なエンドユーザーのニーズにも応えられるようになり、商業的にも大成功を収めることになりました。



 しかし、「モジュール化」は、長期的にはIBM帝国を浸食することにもつながりました。


新興企業でも、IBMのデザイン・ルールに従いながらも特定の領域に専門特化することで、IBMマシンと互換性がある、IBM製より良いものをつくることができたため、最終的にはIBMのモジュールから生まれた新興企業が、モジュール周辺で成長したダイナミックな産業をつくり、まったく新しいコンピュータ・システムを創りだしてメインフレームの市場をほとんど奪い取ってしまったのでした。MicrosoftもIntelもそのようにして新しい市場の覇者となりました。



 シリコンバレーでは、このような「モジュール化」による製品開発設計がより推し進められて、競合するモジュール同士の競争が促進されるだけでなく、技術モジュール周辺の数多くの企業群、ベンチャーキャピタルなどの支援機関、人材を輩出する大学研究機関なども含めた、情報を共有して相互に補完し合うクラスター(企業群)が形成されていきました。


シリコンバレーでは半導体産業の発展とともに株式公開が相次ぎ、それらの資金が近隣地域のベンチャー企業に再投資され、またそれらのベンチャー企業が上場し、さらに再投資するという好循環が生まれ、現在のシリコンバレーの隆盛につながりクラスターの形成を後押ししました。


シリコンバレーでは、上記の好循環の中で、大学の研究所から生まれたスタートアップ企業、大企業からスピンアウトしたベンチャーなどの小企業が「小さく生んで大きく育てる」式に連続的に多数生まれていったのでした。

そして、自律分散した企業群、モジュール内の積極的な創意工夫、モジュール間での新しい結合の試み、失敗を許容する文化といった要素が相乗的に働いて、臨機応変の改良(=インプロビゼーション)の連鎖が生み出され、いまでも数多のイノベーションを実現しているのです。 




移植性を確保しながら接続する



 ニューエコノミーにおいては、企業または事業も「移植性portability)」を確保することが決定的に重要になります。

なぜなら、たとえいま好調でもてはやされている業種、業界であったとしても、現代の急激なテクノロジーの進化の中にあっては、たったひとつのイノベーションで産業そのものが突然死を迎えてしまうことも大いにあり得ることだからです。 実際に、かつてNTTドコモのiモードは世界最大のワイヤレスインターネットサービスプロバイダ(2006年1月時点、登録者数45,687,117人)として隆盛を極めていました。補完企業であるコンテンツプロバイダも着メロ・待受画面・占いなどのコンテンツを提供して市場は活況を呈していました。 しかし、AppleがiPhoneの発売を2007年6月に開始すると、iモードの市場は瞬く間に縮小し、数年のうちに実質的に市場は消滅してしまいました。

たとえ産業が消滅してしまわないまでも、移植性を確保できない企業は特定のプラットフォームにロックインされ、その餌食となってしまうことでしょう。

 ニューエコノミーにおいては、企業は特定の市場、技術、業種業態、システム、プラットフォームに縛られずに自由にネットワークを移動できる移植性を確保しておく必要があります。特定の市場や技術に過度に最適化することは命とりになりかねません。過適応は別の環境への適応能力を締め出してしまいます。常に別の選択肢も残しておきましょう。

選択肢を持っていることは、プラットフォームとの交渉に際しての交渉力にもなります。移植性を持っていることは、企業が自律的に決定を行っていくために欠かすことができません。

 また、ニューエコノミーで生存していくためには、企業は移植性を確保すると同時に、他社の力を活用して自社の強みにレバレッジを効かせるために何かしらの「ネットワーク」との「接続性connectivity)」を確保する必要があります。





完全に他から独立したサービスにあるのはオリジナリティではありません(スタートアップにありがちな壮大なマーケティングプランによく見られる)。それは、広がりのない単なる独り善がりに過ぎません。 たとえあなたが開発、提供しているのがパーツの1つであったとしても、あなたはシステム全体について考える必要があります。一般ユーザーが関心を持っているのは、どのシステムが自分にとって有用か(目的にふさわしいか、好みにあうか…等)ということであって、個々のパーツの性能ではないのです。


トップマネジメントチームは自らに常々このような問いかけをする必要があります。

> あなたはどのシステム、つまりネットワークに接続するのか?

> あなたが接続するシステム、ネットワークは今後どこに進んでいくのか?

> システム全体に対して、あなたはどのような価値をもたらすことができるのか?

> あなたは、どのようにシステムに接続するのか?



 これらの問いかけに対する答えに、モジュール化が進むネットワーク社会における、企業の存続と発展がかかっています。

私たちは自らの意思で、将来性のある優れたデザインルールを持つシステム、アーキテクチャを構築または選択していく必要があるのです。




インターフェイスを定義する


 ブライアン・カーニハン博士は、「システムの力というのは、個々のプログラムよりも、それらのつながり方にある」と述べました。

この考え方は、ソフトウェアのみならずネットワーク社会におけるビジネスシステム、個々のビジネスについても当てはまります。

ネットワーク社会では、従来の工業社会と比べて、インターネットを通じてより多くの関係性の糸で個々のビジネスが結びつけられることになります。

ネットワークが網の目のように張り巡らされた社会の中では、自社をひとつのモジュールとして考え、移植性を確保しながらネットワークと接続するためには、私たちは自社のインターフェイスを明瞭に定義、デザインする必要があります。

 インターフェイスとは、一般的に、ものごとの境界となる部分と、その境界における接続方式(つながり方)を指します。


緩やかな変化と限られた取引関係しかなかった工業社会とは違い、企業も漠然としたインターフェイスではネットワーク社会の高速、膨大な関係性構築を処理していくことはできません。シンプルでわかりやすいインターフェイスが効果的な情報処理を実現し、外部との連続した接続と柔軟な切り替えを可能にします。

 残念ながら、ニューエコノミーの急激なスピードの中にあっては、セールス担当者に顧客の要望をお伺いを立てて、事後的に調整して商品・サービスを提供するような、エッジのない企業は生き残ることはできません。

私たちが、顧客、取引先から選ばれるためにはファーストコンタクトの時点から明確なコンセプトを打ち出す必要があります。そして、そのコンセプトを一貫して持続させることが期待されています。

 ニューエコノミーにおいては、企業外部との取引関係は、さながらスイッチのONとOFFを切り替えるがごとく、スピーディーに対応していく必要があります。そのために当初から的確なコンセプトを伝え、そしてそれを効率よく実現していくためのインターフェイスをあらかじめ設計しておく必要があります。

 設計の真髄は、競合する目標と制約をバランスさせることにあります。ときとして目標は相反して、二者択一のトレードオフの関係となることがあります。例えば、性能を重視すべきなのか、それとも性能を犠牲にしても互換性を選ぶべきなのか、といった問題にトップマネジメントチームはあらかじめ答えを出しておく必要があります。そして、その答えは顧客、取引先に求めてはいけません。トレードオフを選択し、一貫性のあるコンセプトを提示〜実装することこそが、あなたの企業の存在理由だからです。

一貫性のあるコンセプト、すなわちコンセプトの完全性を実現するためには、なによりもまず「シンプルでわかりやすいインターフェイス」を定義することが必要となります。


 シンプルな事業インターフェイスを定義するにあたって、コンピュータプログラミングに倣って「標準入出力」という概念を用いてみましょう。

ここでコンピュータの概念を用いることは決して余興ではありません。

 従来の経営戦略論では、事業定義を行うにあたって、業界内でのポジショニング、自社のリソース(内部資源)の強みや弱みなどから競争力を分析します。しかし、ネットワーク社会では業界の境界、自社と他社の境界はたえまなく変化していきます。そうなると境界が安定していることに前提を置いた従来型の経営理論は実効性のほとんどを失ってしまいます。 またネットワーク社会では、事業はコンピュータに接続され、業務処理の多くをコンピュータに依存します。コンピュータとスムーズに接続するためには、事業自体もコンピュータに接続される一種のソフトウェア、フィルタのように機能する必要があります。

ネットワーク社会型の企業は、業界内での位置や大きさ、自社の所有するリソースではなく、データストリーム(データの流れ)の処理機構として定義する必要があります。


 それはつまり、事業を入力と出力を持つ一つの関数(函数、function)として考えるということです。そして、企業をいくつかの事業(関数)を接続した合成関数とみなします。





 標準入出力とは、UNIXが実現したブレークスルーの一つで、あらかじめプログラムへのデータ入力と出力を関連づけ、標準入力、標準出力、標準エラー出力を設定しておくことによって、プログラムと各種デバイス、ファイル、他のプログラムとのデータのやりとりの複雑性を解決し、連結を容易にする基本的なフレームワークです。

標準入出力というフレームワークを用いて、シンプルで統一性のある事業インターフェイスを実装することによって、コミュニケーションが単純化され、コンセプトの完全性が促進されることになります。

標準入出力は、 プログラムにデータを入力する入口となるインプット、 プログラムから新たな生成物が出てくるアウトプット、 帯域外の情報が出力されるエラー、 これら3つの経路から成り立っています。

インプット、 アウトプット、 エラー、 これら3つの経路を明確にすることによって、つまり何を入力すると結果として何が出力されるのかをはっきりと示すことによって、 あなたの事業のコンセプトは、ユーザーにとって理解しやすく、より利用しやすいものとなり、広く受け入れられることとなるでしょう。 画一的で再現性があるインターフェイスを実装することが望ましいでしょう。

事業体へのインプット、アウトプット、エラーにはそれぞれ次のような要素が入ります。


インプット> 社会的な課題 クライアントの課題 ユーザー データ 資金 労働力 原材料

費用



アウトプット

より良い社会 クライアントの利益 進化したユーザー 加工されたデータ 投資リターン サービス 商品 効果



エラー

やらないこと

瑕疵、不具合

リスク

不測の事態 事業領域の境界外の情報 対応範囲の境界外の情報

(エラーの検出は低レベルで、対処は高レベルで実行する)



 事業体のインプットとアウトプットを定義するということは、事業体が「何を実現するのか」、いわばユーザーとの契約を決めることを意味します。エラーを定義することは「何を行わないのか」、つまり事業領域を決めることを意味します。


 そして、標準入出力の3つのインターフェイスによって外部と結びつけられる事業体の実行部分となる内部のプロセスは、インターフェイスで定義された入出力を「どのように実現するのか」という点に集中して取り組みます。プロセスは、インターフェイスが定義されることによって実装に制限が加えられる反面、外部との接続にわずらわされることなく内部に集中できるため、むしろ創造性と効率が高まります。プロセスについてもインターフェイス同様、よりシンプルなほうが好ましいでしょう。


事業体のプロセスの構築は、最初から完全にうまくいくことはありません。早期にプロトタイプをつくり、インターフェイスに情報を流入させながら、たえまなくつくり直していくことが肝要です。時には、一からつくり直すことが必要になることも最初から想定しておくことが必要です。

 また、プロセス内部のリソースの管理を誰が行うのかを初めから規定しておくことも重要です。共有される情報の管理者を誰にするかを決めておくことによって、リソースの配置転換、置換、付加、削除を円滑に進めなければなりません。そのことは、いずれ必要になる事業体の戦略転換に備えることにもつながります。

 インターフェイスとプロセスからなる事業体におけるコンセプトの完全性を維持するためには、「インターフェイスの定義」と「内部プロセスの構築」は別々のチームが行うことが必要です。別々のチームがそれぞれ干渉を受けずに創造性を発揮することによって、コンセプトの完全性を保ちながらも有機的に進化する事業体が実現します。

特に、インターフェイスの定義は1人、または少人数のビジョンを共有したトップマネジメントチームによって行われる必要があります。船頭多くして船山に上る、という状況は避けねばなりません。そして、定義されたインターフェイスの情報は内外にオープンにして共有することが、幅広いユーザーの獲得と、より高い品質につながります。

 このように事業体のインターフェイスを極限的に根本から定義することによってはじめて、コンセプトの完全性が維持され、事業体は移植性を保持しながらネットワークとの接続を確保し、ネットワークがもたらす多様性を取り込んで有機的に成長していくことが可能になります。


 そして、ここで述べてきた事業体とは、企業や組織全体の場合もあれば、その組織の内部にある部門や、さらにその中のチーム、さらには個人単位のポジションについても同様のことが言えます。より大きく、地域コミュニティや社会全体にもあてはめて考えることもできるでしょう。

 つまりそこには、シンプルながら無限のバリエーションと広がりを持った「再帰的」な構造があるのです。




ハッカーの哲学、再び


 来たる未来の情報社会では、個人の行動履歴、個人の病歴などの生体情報、様々な取引履歴を含む信用情報、あらゆる動植物のDNA情報などありとあらゆる情報がデータとして流通することになります。

しかし、あなたの行動履歴や病歴などが特定の営利企業のデータ資産となり、本人には知る権利や活用する権利がないとしたら、あなたはどう思うでしょうか?

いや、あなたは自分自身がどのようなデータを生成しているのかすら、気づくことはないのかもしれません。

それとも例えば、あなたの日常的に話す会話が誰かの特許を侵害していると言われたら、あなたはどう思うでしょうか?

それとも、人間のDNA配列の一部が特定の営利企業の特許となるとしたら、どう思うでしょうか?

または、もし仮に真理というものがあるとした時、その真理が誰かの知的財産権によって占有されるとしたら、どうでしょうか?

もしくは、あなたを処罰する力がある法律が、あなたには秘密にされているとしたら?


もしかしたら、あなたは監視されているかも?

 このような物事の見方は、少し偏り過ぎている極端な考え方かもしれません。

しかし、リチャード・ストールマンはこういった懸念を真剣に考え、憂慮し、行動に移しました。



リチャード・ストールマン(Richard Matthew Stallman、アカウント名はRMS、1953年3月16日 ー )は、MIT AIラボ出身のハッカーであり、フリーソフトウェア運動の導師(グル)である。80年代以降、妥協を許さない原理主義的態度でユーザーのソフトウェア利用の自由の権利のために、運動を推進した。多くのハッカーたちから熱狂的な支持を得る一方で、現実主義的なスタンスのオープンソース陣営からは距離を置かれもしたが、現在多くのユーザーが彼の実績の恩恵を受けている。特にGNU/Linuxとして結実した数多くのフリーソフトウェア群と、コピーレフトという概念を制度化したGPL(一般公衆利用許諾書)の制度設計は、シェアリングエコノミーの先駆けとして今後将来まで大きな意味を持つだろう。



 リチャード・ストールマンは、凄腕ハッカーでフリーソフトウェア活動家で、多くの有用なフリーソフトウェアを開発し、コピーライトの逆の概念である「コピーレフトcopyleft)」という考え方を広めた思想家です。

コピーレフト(英:copyleft)とは、著作権(英:copyright)に対する考え方で、著作権を保持したまま、二次著作物も含めて、すべての者が著作物を利用・再配布・改変できなければならないという考え方です。

 リチャード・ストールマンは、コピーレフトの考え方に基づいて、営利企業が開発し販売するソフトウェアを、新たにフリーソフトウェアとして書き直し、ソースコードを配布してユーザーに開放していきました。急進的なハッカーたちから尊敬を集め、時には行き過ぎているとして敬遠され、事業家からは夢想的な共産主義者であるとして毛嫌いされてきました。

 リチャード・ストールマンは、全てのプログラムは自由に利用できるべきだと考えています。プログラマにとってプログラムを加工したり、共有したりすることは、私たちに与えられている言論の自由フリースピーチ)と同等の権利であると考えているのです。プログラマにとって、プログラムを読んだり書いたり転写することは、会話をすることに等しいほど日常的で当然の権利だと考えたのでした。

私たちの身の回りにある無数のアプリケーションやソフトウェアは、元々ソースコードという一種の言語によって書かれています。ソースコードであればプログラマたちは読み書きすることができますが、コンパイルされて0と1の羅列であるバイナリ表記に変換されると、読むことも困難で、書き換えることは現実的に不可能です。

しかし、企業が開発している私有ソフトウェアの多くは、ソースコードは隠蔽され、バイナリ表記の状態で流通しています。私たちは、たとえソフトウェアが生活に不可欠なものであったとしても、その中身を見ることも知ることもできないのです。つまり、そこは外部からは立ち入ることのできない不可侵的な秘密の領域となります。



 リチャード・ストールマンは、未来がコンピュータの時代になることを確信した上で、ユーザーが私有ソフトウェアによって行動が制限され縛られてしまうことを危惧し、ユーザーの自由と創造性のために「フリーソフトウェア」という考え方を広める活動を、たった1人で始めました。



フリーソフトウェアの条件 4つの基本的自由


プログラムのユーザーが次の4つの必須の自由を有するとき、そのプログラムはフリーソフトウェアである:

* どんな目的に対しても、プログラムを望むままに実行する自由 (第0の自由)。


* プログラムがどのように動作しているか研究し、必要に応じて改造する自由 (第1の自由)。ソースコードへのアクセスは、この前提条件となります。


* 身近な人を助けられるよう、コピーを再配布する自由 (第2の自由)。


* 改変した版を他に配布する自由 (第3の自由)。これにより、変更がコミュニティ全体にとって利益となる機会を提供できます。ソースコードへのアクセスは、この前提条件となります。



(原文)

The four essential freedoms

A program is free software if the program's users have the four essential freedoms:

* The freedom to run the program as you wish, for any purpose (freedom 0). * The freedom to study how the program works, and change it so it does your computing as you wish (freedom 1).

Access to the source code is a precondition for this. * The freedom to redistribute copies so you can help others (freedom 2). * The freedom to distribute copies of your modified versions to others (freedom 3). By doing this you can give the whole community a chance to benefit from your changes. Access to the source code is a precondition for this.

(Free Software Foundation, Inc., " What is free software? ", https://www.gnu.org/philosophy/free-sw.html )




 リチャード・ストールマンは1984年から完全にフリーソフトウェアで構成されているオペレーティングシステム「GNU(グヌー)」の開発を始めました。

(オリジナルのUNIXシステムがAT&Tによって商用化された、つまり私有ソフトウェアとなったことが契機となった。“GNU”という名称も、“GNU's Not Unix”(GNUはUnixではない)の再帰頭字語となっている。)


 そして、GNUをフリーソフトウェアとして確立するために、リチャード・ストールマンはGPLGeneral Public License、一般公衆利用許諾書)という仕組みを導入しました。

 GPLは、コピーレフトの考え方を具体化した仕組みで、著作権(コピーライト)を通常の使い方とは逆向きに活用します。つまり、著作権は著作権者以外の著作物の改変、複製、配布、販売を制限するのに対して、コピーレフトは著作権者はそのコピー(複製物)の受取人に対して著作物の改変、複製、配布の自由を保証し、そのことを永久に撤回しないことも表明します。そして、コピーレフトのライセンスが適用された著作物は、それを改変してつくられたもの(二次著作物)に対しても、コピーレフトが適用されます。  GPLは慣習的だったハッカー倫理を、極めてラジカルに制度化したものだとも言えるでしょう。


 GNUプロジェクトは、コピーレフトという法的概念を用いて、多くの有益なフリーソフトウェアを開発していきました。Emacs(プログラミングに特化したテキストエディタ)、gcc(C、C++のコンパイラ)、bash(いま現在最も標準的なシェル)などが代表的なプログラムです。

 そして、開発が遅れていたカーネル(OSの中核となるプログラム)をリーナス・トーバルズがLinuxカーネルとして開発すると、GNUプロジェクトのソフトウェアコレクションとLinuxカーネルが結合し、GNU/Linuxとしてフリーソフトウェアのオペレーティングシステムが完成することとなりました。


 リチャード・ストールマンの思想には賛否両論はありますが、多くのプログラマが指摘している通り、彼のフリーソフトウェア運動がなければ、私たちはコンピュータ利用の入口であるオペレーティングシステムの中身を知ることはできなかったでしょう。

また、サイバー空間におけるユーザーの自由はもっと制限されたものとなっていたでしょう。


 現代のビジネスを動かしているプログラマたちの考え方の一部には、このような考え方に少なからず影響を受けている部分がまだ残っています。

私たち現代の企業家は、プログラマたちの哲学、コンピュータの概念構造、そしてネットワーク社会に作用している力学を理解した上で、ビジネスシステムを構想し、実現していく必要があります。




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参考文献:


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『プログラミング言語C 第2版』

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『UNIXという考え方』

The UNIX Philosophy

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『コンピューターシステムの理論と実装』

THE ELEMENTS OF COMPUTING SYSTEMS: Building a Modern Computer from First

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THE PATTERN ON THE STONE: The Simple Ideas That Make Computers Work

ダニエル・ヒリス 1998


 『通信の数学的理論』

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クロード・E・シャノン 1949


『サイバネティックス』

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『フラクタル幾何学』

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『ハッカーと画家』

Hackers and Painters: Big Ideas from the Computer Age

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『伽藍とバザール』

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『人月の神話』

THE MYTHICAL MAN-MONTH: Essays on Software Engineering, Anniversary Edition, 2nd Edition

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『それがぼくには楽しかったから』

Just for Fun: The Story of an Accidental Revolutionary

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『思考スピードの経営』

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『情報経済の鉄則』

Information Rules: A Strategic Guide to the Network Economy

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『レイヤー化する世界』

佐々木俊尚 2013


『場のマネジメント』

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『モジュール化時代の経営』

Managing in an Age of Modularity

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『発展する地域 衰退する地域』

CITIES AND THE WEALTH OF NATIONS: Principles of Economic Life

ジェイン・ジェイコブズ 1984


『現代の二都物語』

Regional Advantage: Culture and Competition in Silicon Valley and Route 128

アナリー・サクセニアン 1994


『フリーソフトウェアと自由な社会』

Free Software, Free Society: Selected Essays of Richard M. Stallman

Richard M. Stallman 2002