なぜ、いまM&Aが必要なのか


なぜ、いまM&Aが必要なのか


 M&Aの企業経営における有効性については多くの研究によって確認されています。


結論から言えば、M&Aをうまく活用できる企業は企業価値(会社の金銭的価値)が高くなる傾向があります。

長期的な株価にM&Aがどのような影響を与えるのかについての調査によれば、日経平均が20年前とほぼ同水準である一方で、M&Aに積極的な企業上位20社の株価指数は2倍となっていたことが明らかになっています。


また、企業価値向上という結果に加えて、M&Aには経営戦略の実行、企業変革に際しての経営ツールとしてプロセス上の大きな利点があることにも注目する必要があるでしょう。


 M&Aの有効性を理解し活用できる企業は成長を実現し、理解していない企業は急速な市場の変化についていけず利益率の低下と低成長に悩まされています。


 近年、大企業による積極的な事業買収、または中核事業への集中のための事業売却が多く報じられていますが、M&Aは決して大企業だけが有効に活用できるツールではなく、中小企業にとっても市場の急速な変化に適応していくために欠かせない戦略オプション(経営の選択肢)となってきています。


むしろ中小ベンチャー企業のほうが、柔よく剛を制し大企業と拮抗していくためにM&Aが必要とさえ言えるでしょう。


 本稿ではM&Aを、事業買収だけでなく事業売却を含めた広義での「M&A」として捉え、中小企業にとってのM&Aの必要性について検討してみましょう。




企業とは何か?



 M&Aについて考察するにあたり、まず、そもそも企業とは一体、何なのでしょうか。


また企業が継続的に価値ある存在であり続けるためにはどのような取り組みが必要なのでしょうか?


 企業について考えるとき、その視点によって企業の捉え方も異なってきますが、今回は企業内部の経営資源に着目して考えてみたいと思います。企業の経営資源は、生産設備や不動産等の有形資産、ブランドネームや特許等の無形資産に加えて、顧客対応力等のその企業固有のケイパビリティ(組織の遂行能力)によって構成されています。企業を経営資源の視点から考えるとき、有形資産・無形資産・ケイパビリティ、これらの経営資源の独自の組み合わせが、その企業の強み・弱みを形作っているといえます。


経営資源とケイパビリティの組み合わせとしての企業


 企業の本質は、市場から資本・労働力・原材料・設備などを調達し、店舗・工場などの有形資産、知識・経験・技術などの無形資産、その企業固有のケイパビリティを活用して、より高い価値を生み出すことにあります。


つまり、企業は内部の経営資源の組み合わせによって、インプットより大きなアウトプット(価値)を生み出すことによって、社会的に必要とされ存続することが可能となります。


 さらに注目すべき事柄として、近年、以前より技術・社会・市場・顧客の趣向の変化のスピードが早くなってきているため、状況変化に応じて経営資源の組み合わせ、配置をスピーディに切り替えていき、変化に適応していく能力の必要性が高まってきています。


この転換と再配置の能力こそ、まさにイノベーション(革新、刷新)を起こすための原動力となります。


イノベーションの手段としてのM&A



 イノベーションという概念の起源は、オーストリア出身の経済学者であるヨーゼフ・シュンペーターによって1912年に初めて定義されたことが始まりとされています。シュンペーターは「イノベーションとは経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合することである」と定義しています。


 日本ではイノベーションというと技術革新という認識がまだありますが、イノベーションは技術革新にとどまらず、新たなプロセス(工程)によって新しい価値を生み出すことなども含まれた、より広い概念です。


 つまり、新技術の開発だけではイノベーションとはいえず、新技術を商業化することがイノベーションの実現にとって重要な要素となります。商業化にあたっては、企業は新技術に適合する新たな経営資源を形成するとともに、新技術と社内外の経営資源を結合・再配置することによって新たな価値を商品化・サービス化して市場に送りだす必要があります。


 経営資源の新たな結合を企業間の関係性で考えると、企業内部の経営資源同士の新結合を「企業内部でのイノベーション」、企業同士の境界上で経営資源を融通しあう新結合を「提携」、企業間での経営資源の交換による新結合が「M&A」と捉えることができます。



企業間での経営資源の新たな結合による価値創造プロセス


 つまり「企業内部での独自のイノベーション」「企業間提携」「M&A」は、まったく異なる企業活動ではなく、「イノベーション=新結合」という視点で考えたとき、これらの諸活動は企業の境界上のどこで行われている結合なのかということについての区分であると言えます。


 これらの企業活動に取り組むに際して、トップ・マネジメントの役割として重要となるのが、

1) 自社固有の能力を定義し、それを開発・育成・補強する創造的行動の触媒となり、組織構造・インセンティブ、ルーティンをデザインすること、

2) もはや価値を生みださなくなった既存の資産・ルーティンを継続的に棄却できるようなルーティンを発展させることです。


 一連の「イノベーション=新結合」に関しての経営者の取り組みについて、カリフォルニア大学教授のデイビッド・J・ティースは経営者の役割をオーケストラの指揮になぞらえて、資産の「オーケストレーション」と呼んでいます。


 オーケストレーションとは企業内、企業間での新たなケイパビリティの形成・再形成・配置・再配置・結合・再結合・整合化を行うことであり、企業が技術・市場の変化に適応していくために必要な経営者の重要な能力・スキルです。


オーケストレーションを行っていくためには、特に新進のベンチャー企業、中小企業にとって大企業以上に、M&A・企業間提携は欠かせない取り組みだと私たちは考えています。


 大企業はオーケストレーションにあたって、豊富な内部資源の組み合わせ、再配置を検討することができます。しかし、限られた資源の持ちあわせしかない中小企業は内部資源の組み合わせでは事足りません。中小企業は大企業以上に、外部資源を含めたオーケストレーションによって自社の有形資産、無形資産を配置、再配置することで自社固有の組織能力(ケイパビリティ)を獲得・構築していく必要があります。




トップ・マネジメントが影響を及ぼす2つの領域



 経営者は企業を経営していくにあたり、大きく分けて2つの領域に影響力を行使しています。

企業の内部、つまり「経営者と自社の関わり方の領域」においてと、企業の外部、つまり「自社と外部の関わり方の領域」です。


経営者が影響を及ぼす2つの領域


経営者と自社の関わり方の領域


・ビジョン、価値基準の設定

・ビジネスモデルの採用

・企業文化の醸成

・目標の設定

・スケジュールの設定

・コミュニケーション

・組織設計

・資源の分配

・権限移譲

・人材登用

・人材育成

・チーム・マネジメント

・プロジェクト・マネジメント

・情報中枢




自社と外部の関わり方の領域


・情報の発信

・交渉

・取引

・ネットワークの構築

・内部への情報の伝達(必要な情報)

・内部への情報の取捨選択(必要でない情報)

・利害関係者への利潤の分配

・必要な資源の調達

・情報中枢




 トップマネジメントが影響を及ぼすこれら2つの領域において、それぞれの領域にM&Aがどのような役割を果たすのかについて、以下で考えていきましょう。




経営者と自社の関わり方の領域におけるM&Aの役割



 経営者は、自社の様々な役割の人と直接コミュニケーションをとり、時にみずから仕事の実行を担い、組織を束ね導いていく役割を担っています。


 経営実務において非常に重視されることの一つに、「経営者のマネジメント・スタイル」があります。


当然ではありますが、経営者にはそれぞれ「マネジメント・スタイル=経営のやり方」があります。


 ある経営者は勃興しつつある新興市場において新たなビジネスを立ち上げることを得意とし、別の経営者は危機に直面した企業の再建を得意とし、また別の経営者は導入期から成長期にかけてベンチャー企業をより効率化するための管理手腕に長けているといった具合にそれぞれの経営者にはその経営者の経験に基づいた固有のマネジメント・スタイルがあります。


 経営者にはそれぞれの持ち味となる固有のマネジメント・スタイルがあるということは、言い換えれば、経営者にはマネジメントの実行において一定の限界もあるということでもあります。


 固有のマネジメント・スタイル(たとえば経費節減による効率化を得意としている、プロモーションによる売上増を得意としているなど)に対して、事業はマネジメント・スタイルを受け入れる受け皿のようなものと考えてみましょう。

 経営者が事業に取り組み始めた当初には、事業はまるで空のコップに水を注ぐように経営者のマネジメント・スタイルを受け入れ、収支も向上していきますが、コップに十分に水がたまってくると、その経営者の固有のマネジメント・スタイルによる改善の効果も、当初の劇的な効果に比べると弱まってきます。コスト削減は削減の余地がなくなり、プロモーションも十分に行き届き、管理の体制も出来上がってくるからです。また、事業の成長の段階(導入期、成長期、成熟期、衰退期)に応じて、求められるマネジメント・スタイルも変わっていきます。



 経営者の特定のマネジメント・スタイルによる事業の業績改善の効果が薄れてきた時、現状維持を除けば、経営者の取りうる選択肢は3つです。 ①経営者が新たなマネジメント・スタイルを採り入れる


②新たなマネジメント・スタイルを持つ経営者に交代する


③経営者のマネジメント・スタイルの新たな受け皿を準備する




 ①は、経営者として当然、必要なことです。しかし、経営者個人は決して周囲360度に対して万能になれるわけではないことも理解する必要があります。マネジメント上の新たな試みに際しては習熟するために時間も要します。様々なマネジメント・スタイルを習熟することより、特定の強みがあるマネジメント・スタイルに集中して伸ばしていくことのほうが賢明という場合もあるでしょう。


 ②については、十分に検討の価値があります。創業経営者には経営者を交代する意思、選択肢がない場合がありますが、部門経営者の交代であれば、人材の登用、抜擢を通じて十分に可能です。外部から部門経営者を招き入れることもできるでしょう。新たなマネジメント・スタイルを事業に注ぎ込むことによって、飽和状態となっていた事業を再活性化することが可能になります。


 ③は、②の方法と組み合わせることによって、その企業にとって最も経済的価値を生み出す方法となりえます。  この方法論を私たちは「M&Aによる空白スペース、余剰資源のマネジメント」と呼んでいます。

M&Aによる空白スペース、余剰資源のマネジメント

 「M&Aによる空白スペース、余剰資源のマネジメント」は、経営者のマネジメント・スタイルにあった事業を新たに取得することによって、組織はいままでに実績を十分にだしてきた方法で取得事業の業績向上に取り組むことができます。

つまり、経営者のマネジメントスタイルを十分に注ぎ込める新たな空白スペースをつくりだすことで、既存事業で培ってきたケイパビリティ(組織の遂行能力)を存分に働かせられるミッションを生じさせるということです。


 既に空白スペースが満たされている既存事業については、別の経営者の下で異なるマネジメント・スタイルを適用すれば、まだ成長・改善の余地があると考えられる場合、他社に十分な譲渡価額での事業売却することが可能となるでしょう。 またその際には、資金面でのメリットだけでなく、その他の回収した経営資源(余剰資源)を別の事業に振り向けることも可能になります。 そして無形資産として最も重要な知識・経験・スキルについては、事業売却にともなって完全に失われるものではないため、次の事業に活かすことも可能です。


 「M&Aによる空白スペース、余剰資源のマネジメント」は、“成長余地のある空白スペース”と“成長の手段となる余剰資源”を獲得し新たな成長機会を創出するだけでなく、トップの意思・方針を強く示す効果、新たな学習機会を得る効果、組織をゆさぶり危機感を醸成する効果、社内のモチベーションを高める効果、官僚体質を取り除く効果など、様々な効能があります。


自社の事業の売却、新たな事業の取得を検討することによって、自社における事業の価値・ポテンシャル・機会を継続的にチェックし、客観的に評価・意思決定を行う能力が培われることも大きな収穫といえるでしょう。



・マネジメント・スタイルを注ぐ受け皿としての事業


・既存の事業を客観的に評価する


・新たな事業機会を検討する


・マネジメント上の強みにフォーカスする


・空白スペース、余剰資源をつくりだす(成長余地、成長余力を生みだすマネジメント)


・トップの方針を示す


・トップ自らの戦略的行動によって組織を揺さぶり動かす



自社と外部の関わり方の領域におけるM&Aの役割



 経営者は、企業と外部との関わり方について組織に指針を与え、導いていく役割を担っています。


特に、自社の事業をどのように定義するか、将来に対してどのような仮説を持つかを検討することによって、そして継続的な戦略的行動の積み重ねによって、新たな市場をつくりだすこと、その市場での優位性が確保できる能力の開発が求められています。


技術・市場の変化にあわせた経営資源の再配置・再構築


 既に「企業とは何か?」の節で述べたように、企業を、インプットからより大きなアウトプットを生み出すための「経営資源のひとまとまりの組み合わせ」だと考えるならば、技術・社会・顧客の趣向が変わることによって、市場の形が刻々と変化していくことに対応するために、経営者は「オーケストレーション」のスキルを用いて、経営資源の組み合わせを再構築することによって企業の形を変化させていく必要があります。


 米繊維メーカーのミリケン・アンド・カンパニーは、繊維産業がまるごと米国からアジアに移ってしまった苦難の時期を乗り越えて、ハイテク事業に舵を切り事業転換を行いました。


このミリケン・アンド・カンパニーの事例を、経営学者のリタ・マグレイスは、古い優位性から絶えず資源を引き揚げ、新たな優位性の開発に投資するというパターン(McGrath 2013)の成功事例として取り上げています。


ミリケンの事業再構成プロセス


 急速な変化に適応していくために、企業は積極的に技術・社会・顧客・市場の変化を機会として捉え、事業を絶え間なく再構築する必要があります。


 M&Aという経営ツールは、経営資源・ケイパビリティ(遂行能力)の再配置を通じて、事業の再構築を行う際、

自社の方向性と異なる事業から資源を引き揚げ、自社の方向性に適合する新たな事業に資源を振り向けるために、

欠かせない選択肢のひとつとなってきています。


企業は早い変化に適応していくために、資源配分のプロセスをより柔軟な形でコントロールし、企業内部でのイノベーションのみならず、M&A、企業間提携によって外部資源をより積極的に利用していく必要があるのです。




・継続的に自社の企業戦略、事業戦略を見直す


・自社の中核事業を再定義する


・境界を引き直す

企業境界の選択問題を形づくるのは、価値創造に基づいた資産の選択にほかならず、単に取引費用の最小化にとどまる話ではなく、自社固有の企業能力をどのように獲得、蓄積していくのかという命題に対する回答となる。(Teece 2009)


・必要な外部資源、ケイパビリティ(組織の遂行能力)を取り込む


・自社にとって魅力が薄れてきた事業から経営資源を引き揚げる






参考文献:


『ダイナミック・ケイパビリティ戦略 :イノベーションを創発し、成長を加速させる力』

DYNAMIC CAPABILITIES & STRATEGIC MANAGEMENT

デイビッド・J・ティース 2009


『競争優位の終焉』

The End of Competitive Advantage

リタ・マグレイス 2013


『マネジャーの実像』

MANAGING

ヘンリー・ミンツバーグ 2009