撤退と再配置のマネジメント


継続的なイノベーションには撤退と再配置のマネジメントが欠かせない


 世界がコロナ禍に見舞われたことによって、再び明らかになった重大な事実があります。


それは、「未来は不確実で、私たちには予測ができない領域がある」ということです。


コロナ禍は、私たち人間が全てを予測し、コントロールできるという傲慢な考え方に警笛を鳴らしました。

そして、事前に予測することができない事態は、年々その頻度が高まってきているように見えます。



 当然ながら企業経営にも、予測不能な事態がありうるという気づきは重要な変化をもたらします。


私たちは不確実性を念頭に企業経営を行っていく必要があります。

もう、「想定外」という言葉は、免罪符ではなくなったのです。


 予測不能な事態が、いつでも起こりうることを私たちは想定しておく必要があります。

ありえないと考えられていた事が、いつでも起こるのです。そして、それは考えている以上に頻繁に起こるのです。



 確実で安定した、長いあいだ変わらない“ 確かなもの ”が失われてしまった現代社会を社会学者のジグムント・バウマンは「液状化した現代世界(The Liquid Modern World)」と呼びました。あらゆる液体同様に長時間一定の形のままでいることはできず、すべてのものが不断に変わり続ける世界です。


この液状化した世界におけるマネジメント方法として、

「撤退と再配置のマネジメント」を紹介します。



 しかし「撤退と再配置のマネジメント」は、決して新しい経営手法ではありません。

むしろ、企業本来の姿に立ち返る「原点回帰」だと言えるでしょう。




撤退宣言



撤退を認めよう。
そして撤退という言葉につきまとう後ろ向きなイメージを振り払おう。

撤退こそが、新たな環境や状況に適応するための第一歩となる。
そして撤退という選択肢を保持することが、私たちに「しなやかさ」をもたらす。

あらかじめ撤退の可能性を認めて、事業状況を広く情報開示して、事業を前向きな批判にさらそう。そして自由な議論を奨励しよう。
(議論にタブーや絶対的聖域は禁物だ。そこに思わぬ落とし穴ができる。誰もが間違う可能性があるからこそ、広く自由な議論を行うことで致命的失敗を回避しよう。)

惰性こそが最大の敵だ。
もし、前提となる仮説が見込み違いであると分かったなら、すぐに撤退しよう。
そして再び引き上げた資源をすぐに前線に配備して次の取り組みを試してみよう。
撤退と再配備に習熟しよう。

大きな成果を実らせるのは全体のごく一部の取り組みであることをしっかりと認識して、広くアンテナを張り、可能性の見込める分野に素早く軽やかに進出しよう。
安易な追随は避け、自ら考えた新しい仮説を検証するために新領域への航海にでよう。
いまは小さくても構わない。大きく伸びると考えられる市場の探索に出かけよう。その行程では、大きく成長できる学習機会に貪欲になろう。



 撤退と再配置のマネジメントに際して、忘れてはならないことは、まずなによりも致命的な被害を避けることです。そして行き詰まりを回避することです。


それはつまり、リスクと不確実性に対処すること、と言い換えることもできます。



 人は誰も100%誤りのない決定を下すことはできません。

将来のことについて、“ 誤ることのない確実なこと ”という発想自体が、既に誤りなのです。


そのため、私たちはなにか決定を行う際には、誤りが存在する可能性を認めて、それに備えておく必要があります。

そしてそのことが、次なる道につながる礎となるのです。


 企業は元々、大洋を航海する貿易船への投資と分配を起源としています。

企業は、長い航海という何が起こるかわからない取り組みや、いままで試されたことのない新しい生産方法を試みる際に生じる、不確実性に対処するための機関、仕組だということを、再び思い出しましょう。



 撤退の決断こそが、全ての始まりとなりうるのです。


 撤退の戦略的決断は、リーダーの最も重要な仕事です。

むしろ撤退はリーダーにしか下せない決定であることが多いでしょう。

そして撤退によって生まれた余剰リソースを新たな機会に再配置することが、いまリーダーに求められています。




リスク、不確実性、フレキシビリティ



 「撤退と再配置のマネジメント」の重要性が高まるのは、特に不確実性の高い環境下で組織運営を行う必要がある時です。


 本稿の主題は、企業運営に不可欠な「撤退と再配置の運用方法と戦略的決断に必要となる考え方」を示すことです。しかしそのために、しばらく主題から離れて、先に議論の前提となる「危機」、「リスク・不確実性」、そして「フレキシビリティ(柔軟性)」についての考察から始めましょう。



 私たちは常に危機にさらされている


 危機。

 危機という言葉は、漢字で書くとニ文字で成り立っています。

「危」、つまり危険と、

「機」、すなわち機会。


 英語の「crisis」は、ギリシア語の「krisis」が語源です。

「krisis」には決定、選別、転換点、分岐点といった意味があります。


 危険でもあり、チャンスもある。どう転がるか分からない偶然的要素や、極端な変化、そこからの選択と選別という意味が危機という言葉には含まれているようです。


 現実世界における「危機」も偶発的に、突如訪れます。

そして危機に直面した集団は、その対応の良し悪し次第で、

劇的破綻を迎えるグループと、

緩やかな衰退を受け入れるグループ、

機を捉えて大きく伸びるグループに分かれます。


勃興する地域と、衰退していく地域。

急成長を遂げる新興企業と、停滞もしくは没落する旧企業。

磐石な基盤を築く者と、足元から崩れていく者…。


 危機は私たちに、従来のやり方からの転換を突きつけ、どちらに進むのか(それとも進まないのか?)選択を迫ります。



 そして、今まさに私たちは「危機」の真っ只中にいます。しかし思い返してみれば、私たちはいつも突然の危機に見舞われていないでしょうか?



2020年〜 新型コロナのパンデミック

2011年 311東北大震災

2010年 欧州債務危機

2008年 リーマンショック

(2007年 iPhone発売)

2001年 911アメリカ同時多発テロ

2001年 インターネットバブル崩壊

1998年 LTCMショック

1998年 ロシア金融危機

1997年 アジア通貨危機

(1995年 Windows95発売)

1992年 英ポンド危機

1991年 ソビエト連邦の崩壊

1991年 日本のバブル崩壊

1987年 ブラックマンデー

1979年 第2次オイルショック

(1977年 AppleⅡ発売)

1973年 第1次オイルショック



 100年に一度、想定外、未曾有、異常などの形容詞が危機にはつけられますが、実際には3,4年〜10年おきに予想外の大きな危機的状況が訪れています。平穏安定しているとは、とても言い難いのではないでしょうか。


 危機の発生や、それによってもたらさられた影響や変化の範囲や大きさは、私たちの常識的な予測を超えていたのではないでしょうか?

(しかし、起きてしまえば、それは「必然だった」と“ 後付けで ”言われることが多い)


WindowsやiPhoneの登場も、私たちに大きな便益をもたらし、また大きなビジネスチャンスであった一方で、IBMやNEC、ソニーなどの以前の王者の凋落をもたらし、以後の私たちのビジネス環境もすっかり変えてしまいました。


 このようなグローバルで大局的な危機だけでなく、私たちは事故やトラブル、取引先の破綻、風評被害、政治・経済・社会・技術などの変化変容から、自然災害や競争環境の急変化など、突発的に現れる個別のアクシデントにも対処していく必要があります。

 私たちは、大小様々な危機や危険と常に隣り合わせにあるのです。


 「撤退と再配置のマネジメント」は、このような危機や危険に対処するための考え方であり、危機や危険によって及ぼされる影響や変化の力を逆手にとって活かすための方法でもあります。



 頻発する多種多様の危機に備えて対応していくにあたって、まず私たちは「危機や危険それ自体」の性質が一体どのようなものなのか理解しておく必要があるでしょう。

 そして、危機の性質を知れば、あなたは「危機が頻発する」のは偶然ではなく、起こるべくして起きているということも知ることになるでしょう。

 さらには、危機による変化の力を、逆に活用して飛躍していくための道筋も、後半で示したいと思います。

(…とは言え、危機はその発生を事前に予測することは決してできない。ただそれは前触れなく突然起こる…)




 リスクと不確実性の違い



「何かが起こらなかったという報告は、いつ聞いても興味深い。ご存じの通り、まず自分が知っていると知っている「既知の既知」(known knowns)がある。そして次に、知らないと知っている「既知の未知」(known unknowns)がある。しかしそれに加えて、知らないことも知らない「未知の未知」(unknown unknowns)というものがある」

"Reports that say something hasn't happened are always interesting to me, because as we know, there are known knowns; there are things we know we know. We also know there are known unknowns; that is to say we know there are some things we do not know. But there are also unknown unknowns – the ones we don't know we don't know."

― アメリカ国務長官 ドナルド・ラムズフェルド 2002年2月記者会見で、イラクの大量破壊兵器の存在について証拠がないことを問われての回答、一部抜粋


 危機や危険は、突然に起こります。

私たちがそれらが起こることを事前に十分に知っていれば、あらかじめ準備したり対策を練ることができるので、それは危機や危険であるとは言えません。普通の大人であれば、熱いヤカンを危険なものだとは考えないはずです。


 つまり危機や危険は、常にある程度の不確かさを備えているものと考えることができます。


 そして、その「不確かさ」のことを、

私たちは一般的に「リスク(risk)」とか「不確実性(uncertainty)」という用語を使って表現します。


喫煙は死亡リスクを高める、とか

世界経済は不確実性が高い状態にある、

などといった使われ方をします。


 リスクや不確実性という言葉が普段使われる時、

これらの言葉はしばしば混同されて漠然と用いられています。

しかし、危機や危険に適切に対処するためには、まず私たちはリスクと不確実性の違いを理解しておく必要があります。



リスクと不確実性の違いは、次の通りです。



リスク ・・・・

好ましくない結果を得る可能性、望ましくない事象が起こる可能性を、

“ 確率 ”で表すことができる場合。


(好ましい結果、望ましい事象が起こる“ 確率 ”を示せるものも同時に意味する)


 →数値化できる

 →計算できる

 →統計・確率で予測可能



不確実性 ・・・

未知のレベルが高く、何が起こるか

“ 確率 ”によって表すことができない場合。


(つまり、発生確率すら想定できない出来事。あるいは、確率で表せない“ 予測不能性 ”それ自体。)


 →数値化できない

 →計算できない

 →統計・確率で予測不可能




 この定義は、20世紀初期の経済学者フランク・ナイトによって与えられ、「ナイトの不確実性」と呼ばれています。


 「リスク」は、いままでの経験をもとに、発生確率38%とか成功確率97.25%などと、(その後の結果を決定的に断言はできないとしても、)確率という数値で予測できます。例えばサイコロの目は振ってみるまで何が出るかわかりませんが、「六分の一の確率で1の目が出る」という時、これはリスクについて述べています。


 「不確実性」は、いままで全く経験がない事態であったり、まったく予想外の外部からの影響や変化が原因となっていたり、あるいはあまりに多くの要素が複雑に絡み合っているために、原因と結果の因果関係を確率的に(つまり数値化して)予測することができません。かつて前例のない新たな取り組みが成功するかどうかとか、災害発生時の対応や、紛争の趨勢などについて私たちが考える時に、考慮しなくてはならないのはリスクではなく不確実性なのです。



 ナイトと同じく20世紀初期の哲学者、論理学者、数学者のバートランド・ラッセルは、リスクと不確実性の違いについて、鶏の比喩を用いて、その本質を述べています。



『ラッセルの鶏の寓話』

 ある鶏は、飼い主に毎日エサをもらっている。
エサをもらうたびに、鶏はその親切な人間に対する信頼を持つようになり、明日も明後日もその次の日もエサをくれるだろうという確信を深めていく。
その確信は、鶏の中では、日々の一般的法則にまで高められていくことだろう。
他の鶏も一緒に育てられているため、その鶏が実際にありつけるエサの量には若干の多い少ないという“ばらつき”がある。
この“ばらつき”が、鶏にとっては「リスク」である。
しかし、鶏の命運を決めるのは、日々ありつけるエサの寡多ではない。
鶏にとっての危機は、飼い主からエサをもらい続けて1000日ほど過ぎたある日、鶏の期待を裏切って突然に訪れる。
毎日エサを与えてくれた親切な飼い主は、ある日突然に鶏を飼育場から出し、躊躇なく鶏の首をしめてしまう。
この鶏にとって、最後の日に起きたことが「不確実性」であったのだ。


 不確実性は突然に訪れます。しかも日々の単調な繰り返しを経て、リスクコントロールにも慣れて安心感が最も高まったときに突然やってきます。

また、不確実性は過去のデータや経験に全く関係なく突然現れ、従来の予測の範囲を超えた大きな変化を私たちにもたらします。




 では、リスクと不確実性について企業経営の視点から考えてみましょう。





上のグラフの《青線》は、企業の株価の推移を表したイメージです。

グラフの《赤線》は、この企業の株価から“ 誤差 ”ともいえる上下変動を取り除いた中長期での“ 傾向 ”を表した回帰直線です。


 一般的に、株価に限らず物事の動きというのは、二つの部分に分解することができます。


株価の値動きは、

規則的に一定方向に動いて、人が予測できる“ 傾向(=トレンド) ”の部分と、

±どちらの方向にもランダムに動いて、確率に委ねるしかない“ 誤差・ばらつき・ぶれ・揺らぎ(=ボラティリティ) ”の部分に分解することができます。




 株式投資を行う際には、この“ 誤差 ”の部分を、各株式固有の上下に変動する値の振れ幅として扱い、「ボラティリティ」と言います。そして、このボラティリティを計測可能な「リスク」として扱います。


 「ボラティリティ」は、株価が上下にランダムに動く変動範囲を示しています。ランダムな動きは、個々の動きを正確に予測することはできませんが、事例を多く集めてみると平均の値と一定の振れ幅を持っているため、一定の範囲内であれば“ 確率的に ”予測することができるとされています。


 このランダムな上下運動を、金融の世界では古くから「ランダムウォーク」と呼んでいます。酔っ払いがフラフラと歩いては眠りにつき、またフラフラと歩き出す様子にちなんでこのように呼ばれています。

 物理学においては、液体中の粒子の動きや空気中の分子などがランダムにジグザグに揺らぐ不規則な動きのことを「ブラウン運動」といいます。数学では、この運動を「ウィーナー過程」として厳密に定義しています。上記の数式の右辺第2項のWは、このランダムな運動を変数にしたもので、ウィーナーの頭文字を取って一般的にWとされています。


 酔っ払いや液体中の粒子が、外部から何も力を加えなければ、突如遠く離れたところまで移動することがないように、ボラティリティそしてリスクは一定の範囲内に“ 確率的に ”収まっている(はずだ)と仮定されています。

 投資の専門家も、主にこの仮定に沿って、ポートフォリオのリスク管理を行なっています。




 一方で、この誤差やばらつきなどのボラティリティ部分を取り除いた部分が、株価の中期的な値動きの“ 傾向 ”、つまり「トレンド」です。

 「トレンド」は株式やその企業の業績の見通しの、より本質的な実力を示していると言えるでしょう。順当な推移予測とも言えます。ややオーバーに表現すれば、トレンドには固有の法則性が認められると見ることもできるかもしれません。


 投資や金融の専門家は、「トレンド(=中長期での傾向)」と「ボラティリティ(=一時的な誤差・値のばらつきの範囲)」を把握して、いまある危険を数値化することで適切にリスク管理していれば、時には多少の損をすることはあるにしても、過去のデータの集積を元にして様々な投資手法やコンピュータを用いた金融工学などを駆使しながら、中長期的にコツコツと利益を積み上げていくことができると考えています。

 実際に機関投資家やヘッジファンドは、株式や債券、デリバティブ証券を組み合わせることによってリスクを回避、もしくは中和、あるいは分散し、リスクをコントロールしようとします。



 しかし、では何故あれほどまでに栄華を極めたリーマンブラザーズが突如破綻に追い込まれたのでしょうか?

 なぜ金融理論の大家たちが英知を集めて組成したファンドが、早々と派手なクラッシュを迎えたのでしょうか?

 たびたび起こる巨大なバブルの発生と崩壊を、なぜ私たちは全く予測できないのでしょうか?



 それこそが、まさに「不確実性」がもたらす帰結なのです。


 不確実性はシステムの《外側》から、システムのあり様を根幹から変えてしまうものがあります。

つまり、市場を構成する企業、顧客、競合、供給企業などのネットワークから成り立つシステムが外的要因によって、例えば戦争、自然災害、技術革新、法改正、金利の変更、ニュース、資源や原料価格の騰落の影響によって、システムの前提条件が変わってしまい、中長期的なトレンドの方向そのものが大きく変わってしまうといったものです。この不確実性はシステムの内部からは予測することができません。


 もう一つの不確実性はシステムの《内的な要因》によるものです。小さな誤差や揺らぎに過ぎなかった些細な事やちょっとしたエラーが、ネットワーク上の相互作用によって自己増幅的に拡大し、連鎖的に雪崩を引き起こし、最終的にはシステムの崩壊をもたらすほど大きな影響を及ぼしてしまう、といったものです。この不確実性も、初期条件のわずかな違いが結果的に大きな違いをもたらすため、私たちには初期の極小の差異を見分けることができず、その発生を事前に予測することはできません。


 不確実性は、《外側》からの不確実性であれ、《内的な要因》による不確実性であれ、発生を事前に予測することはできず、発生の影響規模は事前に想定していた規模よりも遥かに大きく、甚大なものとなります。

 そしてまた、不確実性の発生頻度は、リスクコントロールや金融工学の理論的支柱である確率・統計理論の「平均」や「標準偏差」あるいは「正規分布」という概念を当てはめることができないため、“ 常に唐突に発生し得る ”状態に据え置かれています。不確実性は発生メカニズム上、規模も頻度についても「平均の値」を持たず、当然、偏差もなければ、ばらつき具合の基準となる確率分布と照らし合わせることもできないのです。




 不確実性が現実となった場合、株価は次のグラフのように大きく変動します。





 不確実性が現実となった時の影響は、株価の一時的な上下変動部分(つまりボラティリティ部分)ではなく、まるで地殻変動が起きたかのように、株価の基盤となっているトレンドそのものを大きく変えてしまいます。トレンドの方向や流れは不確実性の発現以後、従来のパターンとは大きくかけ離れたものとなります。また大抵の場合、変わってしまった流れは元に戻ることはありません。

 つまり、予測がある程度できるとされていたトレンドが、一旦リセットされて大きく変わってしまうのです。


 企業の命運が決まるのは、ラッセルの鶏と同様に、このような不確実性に直面した時です。不確実性の影響をマイナス向きにもろに受ければ、企業は致命的な損失を受けて存続することすら危うくなります。

 逆に、不確実性の影響をプラス向きに追い風として捉えることができれば、企業は大きく成長していくことができます。

 そして、これこそが運命の分かれ道となる「危機の本質」なのです。



 企業を成功に導くのは、誤差・ばらつき・ぶれ・揺らぎを含む微細な変化を正確に予測することではなく、大きな変化をもたらす“ 予想外 ”のデキゴトにいかに上手く対処するかということです。


“ 予想外 ”のデキゴトに上手く対応するとは、決して不確実性を取り除いたり、リスクを抑制することではありません。ご存知の通り、リスクがないところにはチャンスもないのです。不確実性を請け負うことが利潤の源泉なのです。またそれらは取り除くこともできません。


 大切なことは、不確実性の存在を前提とした上で“ 備える ”ことです。致命的な失敗を回避しつつも、短期的な結果に振り回されずに小さな失敗を積み重ねながら学習し、ときおり訪れる大きなチャンスをしっかり掴むことが、長期的な成功のために必要となります。






〜つづく




(続きの予告)


|リスク、不確実性、フレキシビリティ

 柔よく剛を制す(もしくは「万物は流転する」)

 ローレンツのバタフライ効果


|撤退と再配置の事例

 富士フイルムホールディングス

 インテル

 アップル

 シスコシステムズ

 ソフトバンク

 イノベーターのジレンマ


|撤退と再配置のマネジメントの意義

 仮説的戦略

 可能な戦略

 表出した戦略

 初期戦略と最終戦略


 分岐する戦略

 分離するリソース

 転換する組織

 経路依存性


 確率概念

 帰納的方法(「結果」から「原因」を探る)

 更新される仮説

 フィードバックループを回す


|撤退と再配置のマネジメントの実践方法、具体策

 仮説志向型アプローチ

 リアルオプション

 リーンスタートアップ

 社内政治を抑え込む

 2wayマネジメント

 経験からの学習とアンラーニング

 リストラクション

 危機感が感度を上げる


|確率分布、非線形、カオス、複雑系、フラクタル

 「正規分布」と「べき乗分布」

 相転移

 自己組織化臨界現象

 スケールフリー